第十二話 『静寂を求めて』

───あれは、紗代と付き合う一ヶ月前のこと……放課後の図書館で、一人、受付に座って本を読んでいると、入口の扉が開いた。

 

 美喜多さんか?───そう思って顔を上げて視線を向けると……美喜多さん、じゃない。

 

 あ、目が合った。


「あー……め、珍しいね」


 俺が受付をしてる時に来てないだけかもしれないのに、緊張のあまりそんなことを言ってしまう。

 仕方ない、それだけ彼女は美しいのだ。

 彼女は、紗代とは違い、女子生徒からの人気が凄く、俺なんか、目を見て話すこともままならないくらい、綺麗な女の子。初めて彼女を見た時、芸能人と同じクラスになったと思ったくらいだ。

 対する俺は、人見知りで、容姿に取柄も、自身も無い人間……目を合わすことも恥ずかしい。

 そんなことを思っている所為で、声が上ずってしまう。


「私の記憶だと、図書室の受付は、二人だったと思うんだけど……一人だね」

「あ、えっと、そう、ですね。今日は……一人、なんです」


 緊張で、言葉を詰まらせながら説明をすると、彼女の目が細まる。不思議と、かっこいいと思ってしまった。


「まさかとは思うが、いじめられているんじゃないだろうね?」

「ち、違います!こっちからお願いしたというか……なんというか」


 居心地が悪いから帰ってもらった───なんて言ったら、どんな風に思われるか、分かったものじゃない。だから、他に良い言い訳が無いかを探すが、何も思いつかない。


「本当かい?」

「ほ、本当です」

「……ま、それならいいんだ」


 彼女の目つきが戻る……本気で心配してくれていたんだな、と、思わず嬉しくなってしまう。ぼっち特有のあれだ。


「あ、ありがとうございます。ど、どうぞごゆっくり」


 思わず、店員みたいな対応をしてしまった。


「じゃあ、失礼するよ」


 そう言うと、彼女は本棚の方へと歩き出した。

 俺は不思議と解放感を抱きながら胸を撫で下ろし、先程まで読んでいた本に、視線を戻す。こうして、俺の平穏な時間は戻って来た───と、そう思ったのも束の間、なぜか、彼女は俺の隣の席、つまりは、先程俺が帰らせた図書委員の席に腰を下ろしたのだ。


「えっと、そこ、図書委員の席で……あっちに、読書スペース、ありますよ」

「でも、今日は一人なのだろう?」

「え、あ、はい」

「なら問題ないじゃないか」

「そ、そうですね」

 

 もうこれ以上反論しても無駄……そう判断し、俺は読書を続けようとした。


「キミは面白いね」

「ど、どこが?」

「みんなのことを平等に見てるんだね」


 おかしなことを言う人だ。平等に見ているというか、俺の場合は他人に興味がないだけだ。その証拠に、未だに彼女の名前が思い出せないでいるのだから。


「きみの名前、峰山くんであってたかな?」

「は、はい。えっと……」


 彼女は俺の次の言葉を察してか、少し困ったように微笑むと身体をこちらに向けてくる。俺も反射的に身体を彼女に向けてしまう。


吉田よしだ 茉莉まり、それが私の名前だよ。これからもよろしく」

「は、はい!よろしくお願いします!」


 握手を求められてしまって、思わず気が動転してしまったがなんとか手を差し出すことが出来た。


「敬語はできればやめて欲しいな。同級生なんだから、少し距離を感じてしまうよ」

「ごめんなさ……ご、ごめん」

「謝る必要はないさ。キミが私に心を開いてくれてからでいいんだ」

「……う、うん」

 

 それから吉田さんと少し話した後、二人とも読書を再開させる。先ほどまでとは違い無音n時間が流れる。正直、最初は吉田さんのことが気になっていたが、彼女の真剣に本を読む姿勢に美喜多さんの姿が重なり、普通に図書委員の人だと思えばいいんだと気づいてからは落ち着いて読書に励むことが出来た。


 チャイムがなり、俺の仕事が終了したことを知らされる。吉田さんが本を閉じて、本棚に戻し、受け付けの前に立って俺の目を見てくる。


「また、ここに来てもいいかな?」

「い、いいと思うよ」


 そんなこと俺に許可を求められても困る。なぜ彼女がこんなことを聞いてきたのか俺には分からなかった。


「じゃあ、失礼するよ」

「うん。あ、その……ありがとう」

「ん?なぜきみがお礼を言うんだい?」

「えっ……い、いやほらお客さんが帰るときに、店員さんがお礼を言うんのは、当たり前のことじゃないか」

「あぁ、そいうことか。ならば私からもお礼を言いたい。幸せな時間をありがとう」


 そう言い残して、図書室を去っていった。お客さんが店員さんにお礼を言うことは間違いじゃないが、彼女の言葉にはそれ以外の気持ちが伝わってきた。

 

 彼女が隣にいてくれたおかげでいつもの退屈な時間が少しだけそうじゃなくなっていた。それで俺は思わずお礼を言ってしまったのだ。

 

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