第1歩『その雪は温かくて優しい』

 同日、午後10時24分。

 

 ラブホテルから出てきた紗代さよを見てから3時間ほど経過し、その間、いつもと変わらない家での時間を過ごし、そして現在、部屋で1人、静かにベッドの上に仰向けに倒れていると、ようやく、感情が追いついた。

 あまりの衝撃に、現実を受け止め切れていなかったのか、感情が表に出てきていなかった。

 それが涙となり、頬を伝って出てきた。

 1人の時で良かった。

 夕飯中に突然泣き出したら、家族会議は避けられない。

 今なら、最悪寝たフリで隠れられる。 


「やっぱり何かあったんだ」

「っ!?」


 どこからか声がする。

 オレ以外居ないはずのこの部屋で、女の子の───しかも日常的によく聞く声が。


「ゆ、雪?」

「ピンポーン」


 部屋中を見渡して探すと、クローゼットから、妹のゆきが姿を現した。

 

「……オレがもう少し若かったらトラウマになってるぞ」

「ならないでしょ。こんなに可愛い女の子が出てきたんだから」

「自分で言うなよ」


 オレより先にリビングを去ったと思ったら、クローゼットの中に隠れていたらしい。

 しかも発言的にオレの様子に違和感を抱いてたようだ。


「それで、何があったの?」

「……べ、別に」


 妹に、彼女に浮気されたなんて、恥ずかしくて言えない。


「無理して話さなくてもいいけど……紗代さん絡みなら私にしか相談出来ないよ」

「……聞いてくれるか?」

「もちろん」


 オレは雪に、3時間前に見た出来事を、撮影していたビデオを見せながら説明した。

 

               *


 説明を聞き終えると、驚く妹の姿を見られるという予想は裏切られ、全て知っていたのでは無いかと思ってしまうくらい落ち着いていた。

 気になったので直接聞いてみると───。


「知らなかったけど予想はしてたっていうか、私は最初から怪しいと思ってたから。その延長線上で、色んな酷い結末を予想してたの」

「そういえばそんなこと言ってたな」


 だから、紗代がオレに告白した一部始終を撮影していたと。

  

「まぁ、そんな落ち込まなくていいでしょ。どうせ1か月近くまともに連絡取り合ってないんでしょ?」

「そうだけどさ」

「自然消滅って事で紗代さんの事は忘れてさ、新しい恋探しても良いんじゃない?」

「初めての彼女との別れが浮気されてっていうのは、さすがに嫌だろ」

「うーん……嫌だね。じゃあ、今から『別れよ』ってメッセージ送れば良いじゃん」


 簡単に言ってくれる。

 そんなの、この3時間で何度も考えたに、何度もしようとしたに決まってるじゃないか。

 

「紗代だって、もっと確実な情報が出てから、そうするよ」


 今はまだ、紗代を信じたい。

 あの場で泣き崩れなかったのは、そんな心が強かったからだろう。


「……分かったよ」


 そんなオレの気持ちに知ってか知らずか、呆れたように、そう言った雪は、「でも」と言葉を続けた。


「もし浮気してたとしたら、付き合ってたのを秘密にしてたのは、なんだか意味があるように思えてくるよね」

「なんだよ、意味って」

「そりゃあ浮気しても誰にも責められない為にとか」

「いやいやいや!」


 そんな筈がない。

 そんな意味がないことをする、その意味が分からない。

 だって、浮気をするためにオレと付き合うなんて無駄なこと、紗代がする筈がないんだ。


「秘密にしてたのは、紗代のファンからの嫉妬からくる暴走を防ぐ為、お互いの身の安全の為なんだ。雪もそれは納得してただろ」

「そりゃ、納得するでしょ、自然な約束だから。でも浮気してたら話は別でしょ」

 

 呆れたように溜息を吐く雪。


「1度、紗代さんと話し合った方が良いかもね。たとえ、浮気をしていても、してなくても。1か月も音信不通なのはちょっとね」

「そう……だな」

 

 近いうちに紗代と話をするということで、まとまり、この日は解散になった。





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