第2歩『誰もが羨むカップル』

 紗代さよの浮気が発覚した翌朝のこと。俺は雪と横に並んで学校へよ向かっていた。どうせ同じ家に住んでいて、同じ学校に通っているからと、こうして朝は一緒に登校しているのだ。


「ねえ、あれって────写真の人、だよね」

「ああ、昨日見た男だし、それに、隣で歩いてるのは間違いなく……紗代だ」


 学校が近づき、正門が見えてくると妙な人だかりが出来ていて、何事かと思い、みんなの視線が集まる方へと視線を向けると、そこには、そんなギャラリーなんて気にもせず、昨日見た2人の雰囲気そのままに、さすがに腕は組んでいないけど、仲良く並んで紗代とあの男が歩いていた。


「お兄ちゃん大丈夫?」」

「初めて見た訳じゃ無いからな。完全に油断して不意を突かれた感じだけど、昨日みたいには泣きださないさ。けどさすがにキツイ……」


 昨日、偶然にもあの現場を目撃していて良かったと、素直にそう思う。

 

「どういうこと?あの二人、付き合ってるの?」

「嘘……信じられない」

「でも、美男美女で、悔しいけどお似合い」

「羨ましい」

「クソっ!結局イケメンか!」

「紗代様……」


 周囲の生徒から、それぞれ驚きや嫉妬、怒りや悲しみといった、様々な感情を含んだ言葉が飛び交い、改めて、紗代との関係を秘密にしていて良かったと実感する。

 紗代の隣を歩く男は確かにイケメンで、見るからにモテる事が分かる。

 そんな男だから耐えられる、というか気にもしないこの状況なのに、もしあそこを歩いていたのが俺だとすれば、呼び出されて別れるよう脅迫されるなんて展開が容易に想像できてしまう。


「堂々としてるな」

「そうだね。紗代さんの意図も、あの先輩の事も分からないけどさ────」


 男のネクタイの色で、先輩な事が分かる。

 先輩と、紗代の2人を鋭くなった目で睨みながら、雪は言った。


「お兄ちゃんの事、完全に舐めてるって事だけは分かるよ」


 認めたくはないけど、認めざるを得ないだろう。雪の言う通り、別れ話もしていないのにあの男と仲良く登校してくるなんて、雪の言葉を否定する言葉が見つからない。


「浮気を堂々としたってお兄ちゃんがなにもしないって、出来ないって、そう決めつけてる。じゃなきゃ、メッセージや写真っていう証拠を持っているにも関わらず、あんな大胆な行動しないはずだから」


 3カ月の間、厳密には2カ月かもしれないが、その恋人にしては短く感じる付き合いの中でも、紗代は十分に俺の事を理解してくれていたみたいだ。


「とは言っても、流石にそんな思い込みでこんな大胆な行動に出るとは思えないから────きっと、お兄ちゃんがそういう事をしても良いように対策はしてるはずだよ」

「対策?」

「もし私が紗代さんなら、そうだな……うん、自分を被害者にするだろうね」

「被害者……」

 

 雪は一度頷くと、顎に指をあて、思考を巡らせた。


「例えばさ、お兄ちゃんをストーカー扱いするの。度重なるお兄ちゃんからの迷惑行為に嫌気がさして、そして怖くて、だから自分を守る為にお兄ちゃんと付き合ってるふりをした、とかね」

「そんな中で俺が写真とか見せて回ったら最悪だな」

「そういうこと」


 弱みを握られて脅されていたなんて言えば周囲に相談しなかった事も不自然さが姿を隠すし、助けてくれたのがあの男だとしてしまえば付き合ったのもそういい流れがあったからという事で周囲が暴走するのを抑える事が出来る、か。


「まっ、仮に私の予想が合ってたとしても、なんとかなると思うよ」

「そうなのか?」

「だって、紗代さん女子からは嫌われてるからね。全員が全員紗代さんの話を信じるとは思えないし、寧ろ、そんな嘘を言い回っているって事実で追い詰められないからね」

「じゃあ、その方面の対策だったらなんとかなるって事か?」

「嘘って証拠があればね。今回だと、お兄ちゃんが委員会の仕事で、部活に入っていない紗代さんのストーカーなんて出来るはずがないとかね」

「おお、暇つぶしの行動がまさかの逆転の一手を生んだわけか」

「案外、切り札になるかもね」


 そんな冗談めいた話の締めくくりをし、俺が落ち込み過ぎないよう気を遣ってくれた雪に感謝しながら、とはいえ教室に入るのは憂鬱なままで、一度深呼吸をし、扉を開けた。



 



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