第35歩 『日常』
あの件から数日が経ち、金曜日。
俺の目に映る日常は、以前までとは、大きく違うものになっていた。
たとえば、紗代。いつも男子生徒に囲まれ、女子生徒からは嫌われていた彼女は─────なんと、現在、その女子生徒と他愛もない話で盛り上がっている。
これは先日、茉莉さんから聞いた話だが、紗代は、迷惑を掛けた女子生徒に謝罪をしていたらしい。それには、茉莉さんも協力して、紗代が謝罪をしたい相手、紗代の言動の被害者を呼び出して、集めてくれたらしい。
『桐谷さんとも話が合うかもしれないね』
『あいつは自分からあの立場を望んでるから違うだろ』
『さあ、これからはそうじゃないかもしれないよ』
あの言葉の意味がようやく理解出来た。
つまり、あの日の内に紗代は茉莉に頼んでいて、その依頼を受けた後、図書室に来たからこそのあの言葉────そういう事なんだ。
「もちろん、みんながみんな、紗代さんのことを許したわけではない。中には、私の顔色を窺って────なんてこともあるかもしれない。……でも、それでも、紗代さんは、少しずつ変わろうとして、実際に変わってきている。だから───」
だから、今のあの光景がある──そう、茉莉さんは言っていた。
俺もそう思う。だから、あの光景を見て、心の中で、安心しているのだ。
*
「おはよう、美喜多さん」
「あ、お、おは、よう……峰山くん」
俺の頼み通り、ため口で話そうとしてくれている。
それが嬉しかった。
だって、彼女が敬語を人との距離を取る為の手段として使用していたのを知っていたから。それが寂しくて、俺はため口で話すように頼んだのだ。
「き、気持ち悪い顔しないで!」
「し、してないから!」
危ない、危ない。嬉しくてつい、頬が緩んでしまっていた。
美喜多さんに怒られている俺の席に、一人の男子生徒が訪ねてくる───もちろん、冴島だ。
「朝から仲が良いなぁ」
「おはようございます、冴えない島くん」
「なんか余計なもんついてたけど!?」
「おはよう、冴ヶ島」
「おはようって、なんかかっこいい名前になってるんだけど!?寧ろそっちの方が良かったぐらいにはかっこいいけどさ……ったく」
呆れた様子の冴島が、クラスメイトに呼ばれる。
相変わらず人気者だった。
あの件を越えても、なんにも変わってない印象を受けるが……だけど、紗代の行動を気にしなくても良くなったから、余計な神経を張る必要もなくなった。だからだろう、以前よりも楽しそうに学校生活を送っているように見える。
冴島がいなくなり、美喜多さんとの会話に戻ろうとすると、今度は茉莉さんが訪ねて来た。
「おはよう、紅貴くん、千沙さん」
「あぁ。おはよう、茉莉さん」
「おはようございます」
茉莉さんは、あの件以降、教室でも話しかけてくるようになった。それ自体は嬉しいのだが……その度に、男子女子問わず、妬みの視線と念が送られてくる───かなり怖い。
茉莉さんはずっと、種類は違えど、こんな風に他人の視線を浴び続けていたんだなと嫌でも実感させられる日々だ。早く、図書室に逃げたい。
「……」
ちなみに特に怖いのは、隣の席に座っている美喜多さんだ。茉莉さんが来ると、無言になって、滅茶苦茶睨んでくる。
「ところで、明日は土曜日だけど、どこか遊びに行かないかい?」
そんな美喜多さんの視線をどう受け取ったか分からないけど、気にせずに会話を続ける茉莉さん。
「いいけど、他にも誰か来るのか?」
知らない人とか来るのは───。
「二人きりに決まってるじゃないか」
「え!?」
思わず変な声を上げてしまう。
それと同時に、周囲から殺意が向けられる。まぁ実際に襲われることはないんだけど。
「そろそろ、ホームルームが始まるから失礼するよ」
「ん、あぁ──いやちょっと待って!」
俺の制止も聞かずに席に戻り、担任が教室に入ってくる。
明日遊びに行くこと肯定したままになったじゃん!断りづらくなるじゃん!
そんな俺を美喜多さんが冷ややかな目で見ていた。
*
昼休み、俺はとある女子生徒に空き教室に呼び出されていた。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって......」
「いいよ、別に」
俺を呼び出したのは、長く美しかった髪をボブぐらいの髪にカットした紗代だった。
「えへへ、なんかこうやって二人で話すの懐かしいね」
「あの日以来だからそんなに経ってないだろ?」
「そうなんだけどね」
彼女はなぜ今日俺を呼び出したんだろ……あの件はもう俺は許してるし、謝られても困るんだが。
俺が不安に思っていると、紗代が俺に近づいてくる。
「ね、ねぇ。紅貴くん」
「な、なに?」
「ま、茉莉と付き合ってたりするの?」
「え?し、しないけど」
「じゃ、じゃあ千沙とは?」
「……残念ながら今はカノジョはおりません」
なぜ、こんなことを聞いてくるのだろうか。まさか、あれか?俺の恋バナをネタにクラスの女子とお話ししようなんて思ってないだろうな?!
「じゃあ、好きな人は?!」
「いても言わない!言ったら最後、クラスの話題がそれ一色になる!」
「そんなことしないよ!」
彼女は俺をわざわざ呼び出してこんなことを聞きたかったのだろうか。こんなの、電話かメッセージで終わることだろうに。
「は、話はそれだけか?もう、用がないんなら俺は──」
「ま、待って!」
紗代に呼び止められて振り向く。やっぱり、さっきのは本題ではなかったみたいだ。
「えっと……その……」
「どうしたんだよ、らしくない」
「私だって、身の程わきまえてるから言いにくいの!」
どうしたのだろうか、本当にらしくない。
それに、彼女から、今まで感じたことのない雰囲気を感じる。
落ち着きが無くて、頬を赤らめて……
「好きです!私と、付き合ってください!」
それは、初めての、桐谷紗代からの告白だった。
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