茉莉ルート

「ごめん。紗代とは付き合えない」

「......っ」


 俺の返事を聞いた紗代は、何かを堪える表情を浮かべた後、それを隠すように俯いてしまった。

 

「......紗代のことが嫌いなわけじゃないんだ。あの件が原因で付き合いたくないってわけでもない────でも......」

「いいよ......大丈夫。こんなでも───こんな私でも、短い間だったけど、紅貴くんと付き合ってたんだから。分かるよ、キミの気持ち。......だけど、だけどね......」

 

 次に紗代が顔を上げると、その頬には涙が伝っていた。

 

「......ごめん」


 俺はそんな紗代に、謝ることしか出来なかった。


           *


「なるほど、それで桐谷さんの様子がおかしかったんだね」


 放課後、俺は図書室で茉莉さんから尋問を受けていた。美喜多さんが珍しく図書委員の仕事を俺に任せて帰るから何事かと思ったが、茉莉さんが手を回していたのかもしれない。


「桐谷さんは相手の心を弄ぶのは得意なようだけれど、多分、自分の心の管理は苦手だったんだろうね」

「......さぁな」

「おや?照れてるのかい?......仕方ないさ。相手がどんな人間であれ、本気の好意を向けられたり、あるいはこちらが抱くのは、やっぱり、照れてしまうものだからね」

「それなら、茉莉さんは毎日照れまくりで大変だな......そうは見えないけど?」

「あれでも、隠すのに必死さ」


 彼女の場合は慣れてしまって、照れるなんていう感情はなくなってると思ったが......案外、そんなことはないみたいだ。


「ところで、そんなことよりも────やっぱり、少しだけ違和感があるね」

「違和感?」

「『茉莉さん』という呼び方......そうだ、一度、呼び捨てで呼んでみてくれないかい?」

「なんでだよ!?別にさん付けに違和感なんてないだろ!同級生に様付けで呼ばれてるんだから」

「そうだけど、本当に、純粋に親しい中のキミには、敬称なんかはなしで、呼び捨てで呼んで欲しいんだ。......もちろん、無理強いはしないけど」


 その言い方はずるい。

 こんな風に言われてしまっては、彼女の願いを叶えずにはいられなくなる────だって......だって俺は。


「......茉莉」


 独り言を呟いているように小さな俺の声を、もちろん彼女は聞き逃すことはなく、満面の笑みを浮かべていた。

 

 こんな子どもっぽい表情もするんだな......と、普段の様子が抱かせるイメージとは違った彼女の表情に、少しだけ鼓動が早くなった。


「ありがとう!」

「ったく、こういうのは、なんていうか、恋人同士でするようなことだろ......」

「それなら────私と恋人関係になってみるかい?」


 その言葉を、茉莉さんからの告白だと理解するのに数秒を要した。

 そして、理解したらしたで、やっぱり、なぜそんなことを言ってくれたのか理解が出来なかった。


「じょ、冗談でそういうことを言うと、ぬか喜びしてなく人間もいるんだぞ。俺もその一人だ」

「なら良かったじゃないか────私は本気だから。......キミのことが好きなんだ、付き合って欲しい」


 本当に、この人には勝てない。

 本当は、俺が告白しなきゃいけなかったのにな......。


「俺さ、紗代の告白を断ったのは、この前の件が理由じゃなくて、本当は、他に好きな人が出来たからなんだ......紗代以上に」


 そして、俺は胸の鼓動を必死に抑え、緊張や照れを顔に出さないように、ちゃんと、思いが伝わるように。彼女の手を取って、まっすぐに目を見つめて......。


「茉莉のことが好きだ!付き合ってくれ!」


 緊張しすぎて、告白の返事をするつもりが、告白をしてしまった......恥ずかしい。


「告白したのは私だったんだけどな......」


 予想通りのことをつっこまれ恥ずかしくなって、俯いてしまう。

 そんな俺に対して、彼女は「でも」と続ける。


「他の誰からの告白より、一番うれしいよ......ありがとう!」


 茉莉が俺の手を握り返してくれる。


 こうして、俺と茉莉は恋人関係になった。

 紗代と同じ、いや、今となっては紗代以上の知名度と好感度を手に入れている茉莉と付き合ったということは────結局、周囲には隠したり、教室での立ち回りも気にしたりと、紗代と付き合っている時と似たような生活を強いられている気がするが......なぜだろうか。紗代の時とは違い、未来に希望が見える......楽しい毎日が過ごせそうな予感がするのだ。


「......ぱぱ」


 そんな声がどこからか聞こえた気がした。


           *


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