第二話 『とある日の話』
今からおよそ5カ月ほど前、4月下旬。
2年生に進学し、ゴールデンウイークの予定を考え始める時期。図書委員の初めての受付の仕事の日のこと。
仕事、とは言っても要は学校内での事。サボったり、いい加減に取り組めば怒られるだろうが、それほど気負う事は無い。ミスして学校が無くなる訳じゃなし、退学になるような事もないだろう。
だから、初日だけ頑張って見せて、後は適当に────なん て考えていたんだが、そもそも舞台が違った。
多くの生徒を相手にすると考えていた図書室とは違い、いざ蓋を開けてみれば利用する生徒は一人もおらず、いるのは俺を含めた図書委員だけ。
先生すら、俺たちに任せている間は休み時間になっているのか、室内に居ない。
万が一の事、なんて考えていないのだろう。
「……」
「……」
放課後の室内は、教室を使って行う部活動が近くに無いのと、廊下を歩く生徒が少ない、そもそも利用客が居ないおかげで、静かで過ごしやすい空間になっていた。
あくまで俺一人でなら、という限定的な状況だけれど。
「帰って頂いても良いですよ」
静寂を打ち破ったのは俺と受付を任されている同じクラスの女子生徒、
「帰りたくないって言えば嘘になるけど、一応委員会の仕事だからな。後でバレれば怒られる」
「どうせ
1年生の頃は違うクラスで、2年生になると隣の席同士。必ずどこかの委員会には所属しなくてはいけない状況で、立候補した時、隣の美喜多さんも手を挙げるとは思っておらず、なんとも言えない気恥ずかしさを感じたのを容易に思い出せる。
「お言葉に甘えも良いんだけど、初日だからな。大人しく残ってますよ。そういう美喜多さんも、帰りたかったら帰って良いからな」
「あなたが私の悪評を広めない保証がどこにも無いので、最後まで残りますよ」
「悪評って……」
「仕事を押し付けて帰った、なんて」
そんな事しないと思いますけど、と彼女は言った。
一応、多少の信頼?は、あるようだ。
「なら、お互い残る方で」
「……」
「美喜多さん?」
「……」
「あのー……」
「見るだけでは分かりませんか?私、今読書をしているんです。話し掛けないでください」
そう、彼女は先程から、正確には俺が彼女の後に図書室に入った時には既に読書をしていて、その時から一度も顔を合わせていない。
「俺も何か読むか」
会話を諦め、立ち上がり、室内を見て回る。
利用客が居ないというのを愚痴ったが、しかし、俺自身1年生の頃に訪れたのは最初の校内説明の時ぐらいで、それ以外は自主的に訪れた事が無かった。
どんな本があり、どんな本が人気なのかも知らないのだ。
そもそも高校の図書室に置いてあるような、難しそうな小説を読んだことが無く、基本的には漫画かライトノベルしか読まない為、自然とそれらの本を探してしまう。
「意外とあるんだな、少ないけど」
さすがに漫画は置いて無かったが、ライトノベルを発見。
タイトルだけは聞いたことがあるものを手に取り、席に戻る。
そうして俺も読書を始めたから再び静寂が生まれ、聞こえてくる音といえば、本のページを捲る音と、外で頑張る運動部の声だけ。
「美喜多さん」
「……」
「読書をしている中大変申し訳ございませんが、話を聞いてくれませんか」
「はあ……何でしょうか」
再び訪れだ沈黙に居心地の悪さを覚えたのではなく、先程の会話の中で生まれた疑問、いや、教室内でも抱いていた疑問を折角の機会に解消しようと思ったのだ。
「同学年でもあまり仲良くない相手にって言うのは、分からなくないだけどさ。どうして敬語なんだ?」
彼女は俺に対してだけじゃない。教師には当たり前だが、クラスメイトと話をする時も敬語で話をしているのを何度も見かけている。ちなみにプライベートな会話では無く、授業で強制された会話だけだけど。
「答える必要がありません」
「じゃあ、理由は良いからさ、同じ図書委員何だし、俺とくらいは────」
「嫌です」
「うぐっ……もしかして、美喜多さんって俺の事嫌い?」
「嫌いですね」
まさかとは思ったが、そのまさかだった。
「ですが、安心してください」
「え?」
「
「男が嫌いって」
女子が男子を嫌う理由は、俺が思いつく限りは大きく分けて2パターン。不潔で馬鹿でと貶して嫌うパターンと、トラウマがあり嫌うパターン。
美喜多さんがどちらに当てはまるかは分からないが、だけど、会話自体はしてくれるから、トラウマの線は薄いかもしれない。
「そういう事なので出来ればあなたともお話をしたくないので、話し掛けないで頂けると非常に有難いのですが」
「……美喜多さんが心から────そうだな、俺と話してると精神のバランスが崩れたり、震えだしたり、要は本当に一言も会話出来ないなら。したく無いじゃなく、出来ないなら俺は美喜多さんと話をすることを諦めるよ」
「そういう男子が居ることは事実ですが……そうですね、あたたと会話は出来ないという事はありません。現にしてますから。ですが、話をしたく無いという女子に何度もアプローチを掛けるのは正しい行動とは思えませんよ」
「正しいとは俺も思って無いよ、間違ってるとも思わないけどな。実際、美喜多さんと目を合わせる事に成功してるし」
「……っ」
そう、最初こそ本に目を向けたままだったが、次第にその視線が俺へと向いていた。これは多少だし確証は無いけど、心の距離が縮まったと考えて良いだろう。
「まあだけど、やたらと絡むと嫌われかねないからな。話し掛けるから、興味がある話題だったら反応してくれればいいよ」
「それ、周囲から見れば私は悪く映りますね」
「教室でならな。でも、ここでなら大丈夫だろう」
幸い、始めの内は慣れる事に重きを置いたシフトで、同じクラスの図書委員と組まれている。
それ以降も何度かは一緒の時があるだろう。
「……好きにしてください。あなたの独り言を止める権利は私には無いので」
そんなこんなでチャイムが鳴り、初日が無事、終了した。
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