第13歩 『対立』
同日、午後10時。
紗代を助ける事を決めたは良いが、具体的な案は浮かばず、それと言うのもどこにも紗代が木下陣から脅されている証拠が無いからで、だから下手に動けないのが現状だ。
「一応、吉田さんに動いてはもらっているけど……どうなるか……」
待つしかない、か────……いや、動くべきだろう。
会って、話を聞くべきだろう。
そんな俺の思考を遮るように、部屋の扉がノックされた。
「お兄ちゃん、入るよ」
ノックも無しに扉を開けながら部屋に入ってくる雪。いい加減、ノックを覚えてこちらの了承を待つという行為を挟んで欲しいものだ。
「どうした?まさか俺が密かに楽しみに買っておいたプリンを食べたんじゃ無いだろうな」
「違うよ、もう。プリンは食べたけど、違う用件だよ」
「食べたのかよ」
楽しみにしてたんだけどな……。
「はぁ……。で、用件って?」
「決まってるでしょ、紗代さんの事!どう?そろそろ懲らしめてやろうって気になった?」
「あぁ……」
数時間前に聞いた美喜多さんの話は、雪にも教えておいた方が良いだろう。秘密は共有する者が増えれば秘密でなくなる可能性は上がるが、雪なら大丈夫なはずだ。
「雪、長くなるが俺の話を聞いて欲しい」
戸惑いながらも頷いたのを確認し、俺は美喜多さんから来た話をそのまま雪に話した。それを雪は静かに聞いている。ただ静かに、驚きもせずに……。
「────だから紗代を助ける為に動くことにしたんだ」
俺の話を一通り聞き終えると、溜息を一つ吐いて、呆れた表情を浮かべた。
「それ、お兄ちゃんの妄想?いや、お兄ちゃんを騙す為の美喜多先輩の作り話って方がしっくりくるよ。だけど、どっちだったとしてもこの話……私は信じられない」
「俺も最初はそうだったんだけど、美喜多さんの態度とか表情を見ている感じ、嘘や作り話を話してるようには見えなかった。だから多分、本当の事なんだと思う。美喜多さんが俺に嘘の話をするメリットなんか無いからな」
「そう、分かった。じゃあもし仮にその話が本当だとして────それで、お兄ちゃんが紗代さんを助ける理由は?」
「そんなのあいつが困ってるからに決まって────」
「自業自得じゃん!」
珍しく大声で叫ぶ雪を落ち着かせる。親に今入って来られると面倒な事になるのは容易に想像が出来たから。
「ごめんなさい、私……」
すぐに冷静になり、声のボリュームを元に戻して話を続ける。
「紗代さんを助けるなんて、そんなの間違ってるよ」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、紗代さん、木下先輩と仲良さそうに歩いてたじゃん!嫌々付き合ってるなんて、そんなの嘘だよ!」
「これは俺の勝手な推測だけど、あれは全部演技で、自分を守る為にやってると思うんだ」
「演技?自分を守る為?」
「嫌いな奴と一緒にいる時間は苦痛だ。だから、無理やりにでも、先輩のことを好きになろうとしているんじゃないか?」
本当にこれは俺の推測で......甘えだ。
自分を守ろうと思考が勝手に動いているのは俺の方かもしれない。
「そんな都合のいい解釈やめてよ......。そ、そうだ!紗代さんのこと綺麗さっぱり忘れよう!」
「......は?」
「うん、それがいいよ!そしたらお兄ちゃんも復讐なんてする必要ないし、紗代さんへの未練もなくなる。仮に美喜多さんの話が本当だとしても、お兄ちゃんが傷付くことはなくなるよ」
「......雪」
「紗代さんも別れたがってるなら丁度いいじゃん!」
「......」
「お兄ちゃんのことを守ってくれているなら感謝はするけど、もし嘘ならただお兄ちゃんんを危険な目に遭わせようとしてるだけだもん!だから......忘れよう?紗代さんとの少ない思い出を───っ!」
俺は雪を抱きしめる。とっさのことに雪は肩を跳ねさせたが、すぐに俺のことを抱きしめ返した。
「分かって......くれたんだね?」
「......俺、復讐するって決めたんだ」
「そ、それならそれでいいの!分かってくれて嬉しい───」
「木下陣に」
雪は少し無言になって、しばし部屋の中を静寂がつつむ。
今、親が様子を見に俺の部屋に来たら、変な勘違いをされて怒られそうだ。
「なぁ、雪。なにか知ってるんじゃないのか?」
「......」
「今すぐ答えなくていい。また今度聞かせてくれないか?」
「お兄ちゃんのその意思は変わらないんだね」
「変えるつもりはないよ、今のところは」
雪が俺から離れて再び俺の前に立つ。そして、真剣な眼差しで何かをこらえるような表情を浮かべていた。
しかし、すぐに雪は諦めたような仕草をして、俺に背を向ける。
「木下先輩には気を付けた方がい」
「わかってるよ」
「あと、私はお兄ちゃんが紗代さんに復讐しない限り手を貸さないから」
「......わかった」
俺の返事を聞くと、ゆっくりとドアノブに手を置くと、振り返らずに
「お兄ちゃん、人を信用すると傷つくのはお兄ちゃん自身だよ」
それだけ言い残すと雪は部屋から出ていった。
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