第16歩 『兄』
「私......兄に......襲われているんです」
「襲われてる、っていうのはまさか」
「はい。その......そういう意味です」
────そ、そんなこと現実でするやつがいるなんて......。
「なんでそんな酷いことを」
「兄は女の子と付き合っては別れてを繰り返す人なんです。きっと、身体が目当てなんでしょうね。そして、その合間の発散に私は使われているんです」
「とことん最低だな、そいつ」
「最初は私も抵抗したんですけど、力で勝てるわけもなく諦めてたんです。されるがままで......でも、私のその様子にイラついたんでしょうね。ある時から暴力も振るわれるようになったんです」
彼女が殴られて痣になっているお腹を見せてくれた。普段生活してたら、見えない場所。しかも女の子にとってかなりデリケートな場所を殴るなんて。
「数カ月前に新しい彼女が出来て少しの期間解放されると思ったんですけど、いつもと違って私への性暴力が止まらないんです。もしかしたら、私はしたいときにできる都合のいい道具としか思われていないのかもしれません」
「誰にも言いたくない理由は分かったよ」
妹を長期に渡って襲う兄がいる。そんな話が知れ渡ったら、彼女の家族は今まで通りの生活を送ることは不可能だろう。さらに、良からぬことを考える連中が彼女に危害を加える可能性だってある。
「たとえ話したとしても誰も信じてくれません。きっと、あなたも」
「いや、だから俺は信じるって!それに他の人だって、先生とか仲のいい友達とか」
「名前をまだ言ってませんでしたね。私、1年生の
「......え?」
「そして、私の兄は
俺の中でふつふつと怒りの念が湧いてくるのを感じる。
────木下先輩、あんたはどこまで最低な人間なんだ!
美野里さんが自分の話を誰も信じてくれない理由が分かった。生徒のみならず教師からも人気の彼がそんなことをしているなんて誰も信じない。ましてや、兄のスペックに嫉妬した妹が、兄を陥れようとしているようにしか見えないということなのだろう。
「ほら、信じられないでしょう?いいんですよ、みんなそうなんです。お話聞いてくれてありがとうございました。あなたの言う通り少しは楽に────」
「......美喜多さんの話はやっぱり本当だったんだ」
「え?......わっ!」
急に立ち上がった俺に小さく驚く美野里さんの手を握る。
「俺はきみの話を信じる!」
「......えっと、聞いてました?私の兄は木下 陣で────」
「そのおかげで信憑性が増したんだ!」
「な、なぜですか?訳が分からない」
誰の目に見ても困惑している彼女の目を真剣な、嘘偽りのない瞳で見つめる。
「.......兄に、恨みでもあるんですか?」
「あぁ、とってもな」
「そ、そうなんですか」
突然、何かの音楽が流れ始めると俺の思考は冷静になり、とっさに彼女の手を離し距離をとる。
────すっごく、恥ずかしいことしたぁぁっ!!
美野里さんは解放された手でスマホをカバンから取り出し、画面を見て慌て始めた。
「うわっ、もうこんな時間!」
「もしかして、用事とか門限があった?ごめん、無理矢理突き合わせて!」
「いいんです!むしろ私が付き合わせたみたいなもんなんで!」
彼女は制服の裾で顔の涙を拭うと、目を隠したまま恥ずかしそうに
「また、ここにいたらお話ししてくれますか?」
「あぁ、もちろん。俺でよければ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「その代わり、もう自殺なんかしようとするんじゃないぞ」
俺の真剣な口調に今度は誤魔化すのを諦めたのか「はい!」と返事をして、駆け足で去っていった。
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