エピローグ 相容れないものは、あるのだろうか。
「あ、このシリーズ面白いですよね!」
「そ……そうだね……!!」
アパートに帰ってきて、小一時間経過。
前回のようなスクランブルとは違い、意図して招き入れたエヴィという少女の存在に、ボクは深く呼吸ができなくなっていた。一方で彼女はといえば、どこかさっぱりした表情でラノベを漁っている。
そして、無邪気にこちらを見て笑うのだ。
その笑顔は、ボクたちが守りたかったもの。
あの日に誓ったように、彼女が彼女らしくあるためのもの。
「あれ、どうしたんですか? 杉本くん」
「え……?」
「すっごく優しい表情してました」
「そ、そうかな……?」
そう考えると、無意識にそんな顔になっていたらしい。
指摘されて自分の頬に手を当て確認した。もっとも、それでは分からないが。少なくとも緊張は薄れてくれたような気がした。
首を傾げていると、エヴィがまた笑う。
そんな様子を見ていると、今度は自然と笑んだのが自分で分かった。
どうやら、ちょっとばかり考え過ぎていたらしい。エヴィの言葉には不思議な魔力があって、それのお陰で自然体へと戻ることができた。
「あの、そういえば。そろそろ、またお風呂を借りていいですか?」
「え、あ……うん」
「えへへ。覗かないでくださいね?」
「覗かないよ!?」
だが、それも束の間で。
彼女はそんな緊張感が走る冗談を口にすると、風呂場へと向かうのだった。
あの時と同じような状況に、ボクは否が応でも意識してしまう。だが、あの時と同じなら何も起こらないはず。考え過ぎだった。
しかし、あの時とは決定的に違う点があって――。
「エヴィは、ボクのことを……」
体育館での告白を思い出す。
彼女は大勢の生徒の前で、宣言したのだった。
杉本拓海が、好きだと。それは誰も簡単にはできない、大胆なものだった。
「そ、っか……」
それを考えて。
ボクは、自分の中にあった覚悟を固めていった。
ここで怖気づいてしまっていては、一生後悔することになる。そう思った。
「……答えは、とっくに決まってるんだよな」
だからあえて、そう口にする。
そして、エヴィが戻ってくるのを静かに待つのだった。
◆
「お帰り、エヴィ」
「ただいまです!」
風呂上がりの彼女を出迎えて、ボクはドライヤーを手渡す。
笑顔で受け取ったエヴィは、以前と同じように髪を乾かし始めた。そんな彼女の様子を眺めて、ボクは改めて思うのだ。
ボクはやっぱり、エヴィが大好きだ――と。
キッカケはどこだったか。
具体的にどこが好きなのか。
そのような些細な話など、どうでもいいだろう。
ボクにとってエヴィは特別な存在で、守りたい大切な人だった。加えて彼女は、こんなボクを変えてくれた恩人でもある。周囲と馴染もうとせずに、一線を勝手に引いていたボクに、チャンスをくれた。
それは、あの日のショップで。
偶然の遭遇だったけど、もしかしたら運命だったのかもしれない。
そう思えてしまうほどに、その後の彼女との日々は刺激的なものだった。
「ありがとう、エヴィ」
「ふえ……?」
だから、素直に感謝の言葉を口にする。
ちょうど髪を乾かし終えた彼女は、突然のそれに首を傾げた。
驚いた様子でこちらを見る。そんなエヴィにボクは、こう声をかけた。
「ボクも、大好きだよ」――と。
人生で初めての告白だった。
どんな顔をしているかなんて、気にする余裕もない。
ただ、彼女のことが愛おしくて仕方なかった。その想いだけ。その気持ちだけが、自然と口をついて出ていたのだ。
数秒の沈黙があって。
エヴィは自分がなにを言われたのか、理解したのだろう。
「あ、うぅ……!」
いつもよりも、いっそう顔を真っ赤にしてうつむいてしまうのだ。
そして、ハッキリと抗議するようにこう言った。
「杉本くん、卑怯です……」
「あはは! それは、ごめんね」
謝る気のない謝罪をすると、エヴィは頬を子供のように膨らせる。
そんな少女を見ると、自然と笑っていた。
「むぅ! 笑わないでください!!」
「ごめん、って! あはは!」
「謝ってません!」
そしてエヴィは、ボクに向かって抱きついてくる。
胸をぽかぽかと叩くのだが、まったく痛くもかゆくもなかった。むしろシャンプーの香りと、彼女の温もりを感じて心地良い。
だからボクは――。
「ひゃう!?」
誠に勝手ながら、彼女の身体を抱きしめていた。
想定外の出来事だったのかもしれない。エヴィは小さく悲鳴を上げた。
しかし、抵抗する様子はなく。むしろゆっくりと、こちらを抱き返してきた。
「あったかい、ですね」
「うん……」
そして、そのことを互いに確かめる。
ゆっくりとした時間の流れの中で、各々の胸の高鳴りだけが早くなっていた。
◆
――そうして、どれだけの時間が経過しただろう。
ボクとエヴィは互いに寄り添いながら、真っ暗な部屋の中で窓の外を眺めていた。
あの日とは、真逆。澄んだ星空がそこに浮かんでいる。
「ねぇ、杉本くん……?」
「どうしたの?」
「あの……『拓海くん』って呼んでいい?」
その最中に、彼女は甘えるような声色でそうお願いしてきた。
断る理由なんてない。ボクは静かに頷いて、その綺麗な髪を撫でた。
「えへへ……」
するとエヴィはとても嬉しそうに。
ボクの身体に頬を擦りつけ、やがてゆっくりと頭を膝上に置いた。
「あの時とは、正反対ですね」
「そうだね」
そして、そう言って笑い合う。
ボクらは星空を見て、しばし互いに黙るのだった。
言葉がなくても、まったく苦痛ではない。それどころか、とにかく心地いい。こんな時間がいつまでも続けばいい。そう思うほどであった。
「ねぇ、拓海くん……?」
「こんどは、どうしたのかな」
それを勇気を振り絞って断ち切ったのは、エヴィの方から。
彼女はボクの名前を呼ぶと、こちらに顔を向けて静かに目を閉じた。何かを待つようにして、どこか緊張した面持ちで。
さすがに、その意図が分からないほどボクも鈍感ではなかった。
「……あぁ、うん」
だから、ゆっくりと。
ボクは彼女の柔らかい唇に、自身のそれを重ねた。
どれだけの時間だっただろうか。それは、まるで永遠のようであり――。
「キス、しちゃった……っ」
「あはは……」
――とても短い、一瞬の出来事のようにも思えたのだった。
相容れないものは、どうしても存在する。
それでも、互いに歩み寄れば理解できるものも存在する。
ボクは月明かりに照らされた仄かに赤い、エヴィの笑顔を見て思うのだった。
――そう、いつかきっと。
二人でなら、もっと大きなものを乗り越えられるだろう、と。
――――
本編は、これにて完結です。
残りは蛇足というか、コンテスト向けのための文字数稼ぎ(ゲフン)番外編になります。主に彼らの後日談になる予定!
ここまで、ありがとうございました!
よろしければ、続きもどうぞ!!w
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「魔法学園の嫌われ者、才能を教員から嫉妬され退学処分となり冒険者に。~でも相手はそれで窮地に追いやられ、こっちは自由になれたので楽しく生きたいと思います~」
転校してきたクール系ドイツ人美少女の目的を、ボクだけが知っている。~由緒正しい生まれの彼女が、まさか隠れヲタクだなんて~ あざね @sennami0406
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