エピローグ 相容れないものは、あるのだろうか。








「あ、このシリーズ面白いですよね!」

「そ……そうだね……!!」



 アパートに帰ってきて、小一時間経過。

 前回のようなスクランブルとは違い、意図して招き入れたエヴィという少女の存在に、ボクは深く呼吸ができなくなっていた。一方で彼女はといえば、どこかさっぱりした表情でラノベを漁っている。

 そして、無邪気にこちらを見て笑うのだ。


 その笑顔は、ボクたちが守りたかったもの。

 あの日に誓ったように、彼女が彼女らしくあるためのもの。



「あれ、どうしたんですか? 杉本くん」

「え……?」

「すっごく優しい表情してました」

「そ、そうかな……?」



 そう考えると、無意識にそんな顔になっていたらしい。

 指摘されて自分の頬に手を当て確認した。もっとも、それでは分からないが。少なくとも緊張は薄れてくれたような気がした。


 首を傾げていると、エヴィがまた笑う。

 そんな様子を見ていると、今度は自然と笑んだのが自分で分かった。

 どうやら、ちょっとばかり考え過ぎていたらしい。エヴィの言葉には不思議な魔力があって、それのお陰で自然体へと戻ることができた。



「あの、そういえば。そろそろ、またお風呂を借りていいですか?」

「え、あ……うん」

「えへへ。覗かないでくださいね?」

「覗かないよ!?」



 だが、それも束の間で。

 彼女はそんな緊張感が走る冗談を口にすると、風呂場へと向かうのだった。

 あの時と同じような状況に、ボクは否が応でも意識してしまう。だが、あの時と同じなら何も起こらないはず。考え過ぎだった。

 しかし、あの時とは決定的に違う点があって――。




「エヴィは、ボクのことを……」




 体育館での告白を思い出す。

 彼女は大勢の生徒の前で、宣言したのだった。

 杉本拓海が、好きだと。それは誰も簡単にはできない、大胆なものだった。



「そ、っか……」



 それを考えて。

 ボクは、自分の中にあった覚悟を固めていった。

 ここで怖気づいてしまっていては、一生後悔することになる。そう思った。



「……答えは、とっくに決まってるんだよな」



 だからあえて、そう口にする。

 そして、エヴィが戻ってくるのを静かに待つのだった。









「お帰り、エヴィ」

「ただいまです!」



 風呂上がりの彼女を出迎えて、ボクはドライヤーを手渡す。

 笑顔で受け取ったエヴィは、以前と同じように髪を乾かし始めた。そんな彼女の様子を眺めて、ボクは改めて思うのだ。



 ボクはやっぱり、エヴィが大好きだ――と。



 キッカケはどこだったか。

 具体的にどこが好きなのか。


 そのような些細な話など、どうでもいいだろう。

 ボクにとってエヴィは特別な存在で、守りたい大切な人だった。加えて彼女は、こんなボクを変えてくれた恩人でもある。周囲と馴染もうとせずに、一線を勝手に引いていたボクに、チャンスをくれた。


 それは、あの日のショップで。

 偶然の遭遇だったけど、もしかしたら運命だったのかもしれない。

 そう思えてしまうほどに、その後の彼女との日々は刺激的なものだった。



「ありがとう、エヴィ」

「ふえ……?」



 だから、素直に感謝の言葉を口にする。

 ちょうど髪を乾かし終えた彼女は、突然のそれに首を傾げた。

 驚いた様子でこちらを見る。そんなエヴィにボクは、こう声をかけた。








「ボクも、大好きだよ」――と。








 人生で初めての告白だった。

 どんな顔をしているかなんて、気にする余裕もない。

 ただ、彼女のことが愛おしくて仕方なかった。その想いだけ。その気持ちだけが、自然と口をついて出ていたのだ。


 数秒の沈黙があって。

 エヴィは自分がなにを言われたのか、理解したのだろう。




「あ、うぅ……!」




 いつもよりも、いっそう顔を真っ赤にしてうつむいてしまうのだ。

 そして、ハッキリと抗議するようにこう言った。




「杉本くん、卑怯です……」

「あはは! それは、ごめんね」




 謝る気のない謝罪をすると、エヴィは頬を子供のように膨らせる。

 そんな少女を見ると、自然と笑っていた。




「むぅ! 笑わないでください!!」

「ごめん、って! あはは!」

「謝ってません!」




 そしてエヴィは、ボクに向かって抱きついてくる。

 胸をぽかぽかと叩くのだが、まったく痛くもかゆくもなかった。むしろシャンプーの香りと、彼女の温もりを感じて心地良い。

 だからボクは――。




「ひゃう!?」




 誠に勝手ながら、彼女の身体を抱きしめていた。

 想定外の出来事だったのかもしれない。エヴィは小さく悲鳴を上げた。

 しかし、抵抗する様子はなく。むしろゆっくりと、こちらを抱き返してきた。




「あったかい、ですね」

「うん……」




 そして、そのことを互いに確かめる。

 ゆっくりとした時間の流れの中で、各々の胸の高鳴りだけが早くなっていた。











 ――そうして、どれだけの時間が経過しただろう。


 ボクとエヴィは互いに寄り添いながら、真っ暗な部屋の中で窓の外を眺めていた。

 あの日とは、真逆。澄んだ星空がそこに浮かんでいる。



「ねぇ、杉本くん……?」

「どうしたの?」

「あの……『拓海くん』って呼んでいい?」



 その最中に、彼女は甘えるような声色でそうお願いしてきた。

 断る理由なんてない。ボクは静かに頷いて、その綺麗な髪を撫でた。



「えへへ……」



 するとエヴィはとても嬉しそうに。

 ボクの身体に頬を擦りつけ、やがてゆっくりと頭を膝上に置いた。




「あの時とは、正反対ですね」

「そうだね」




 そして、そう言って笑い合う。

 ボクらは星空を見て、しばし互いに黙るのだった。

 言葉がなくても、まったく苦痛ではない。それどころか、とにかく心地いい。こんな時間がいつまでも続けばいい。そう思うほどであった。




「ねぇ、拓海くん……?」

「こんどは、どうしたのかな」




 それを勇気を振り絞って断ち切ったのは、エヴィの方から。

 彼女はボクの名前を呼ぶと、こちらに顔を向けて静かに目を閉じた。何かを待つようにして、どこか緊張した面持ちで。

 さすがに、その意図が分からないほどボクも鈍感ではなかった。




「……あぁ、うん」








 だから、ゆっくりと。

 ボクは彼女の柔らかい唇に、自身のそれを重ねた。

 どれだけの時間だっただろうか。それは、まるで永遠のようであり――。








「キス、しちゃった……っ」

「あはは……」










 ――とても短い、一瞬の出来事のようにも思えたのだった。






















 相容れないものは、どうしても存在する。

 それでも、互いに歩み寄れば理解できるものも存在する。




 ボクは月明かりに照らされた仄かに赤い、エヴィの笑顔を見て思うのだった。





 ――そう、いつかきっと。

 二人でなら、もっと大きなものを乗り越えられるだろう、と。






 









――――

本編は、これにて完結です。

残りは蛇足というか、コンテスト向けのための文字数稼ぎ(ゲフン)番外編になります。主に彼らの後日談になる予定!


ここまで、ありがとうございました!

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「魔法学園の嫌われ者、才能を教員から嫉妬され退学処分となり冒険者に。~でも相手はそれで窮地に追いやられ、こっちは自由になれたので楽しく生きたいと思います~」


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転校してきたクール系ドイツ人美少女の目的を、ボクだけが知っている。~由緒正しい生まれの彼女が、まさか隠れヲタクだなんて~ あざね @sennami0406

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