4.背中を押すという優しさ。








 ――学園祭の準備は、着実に進んでいった。

 それ以前に、学校側がコスプレ喫茶を許可した、というのが驚きだ。わが校は何度も言うが、この手のことについてそれなりに口出ししてくる。

 自由度がない、といえばそうだが、規律があるといえばいいのだろう。


 しかし、とにもかくにもだ。

 わが校の学園祭――しかもエヴィのいるクラスで、コスプレ喫茶が催される、というのは一気に話題となった。当然、その準備を見にくる野次馬も増える。

 誰かの視線を受けながらの作業がもどかしい。


 そう思っていた時だった。



「はっはっは! 噂は聞いたぞ、杉本拓海くん!!」

「え……八紘さん!?」



 放課後、諸準備を行っているところに現れたのは知紘の兄。

 相も変わらず精悍な顔立ちをした彼は、両腕を組み仁王立ちしていた。野球部のキャプテンということもあり、クラスメイトの野球部員は、深々と頭を下げて挨拶をする。それに応えてから、彼はボクに言った。



「未希から聞いたぞ、なにか考えがあるそうだな!」

「え、あぁ……ミスコンの?」



 どうやら、幼馴染という繋がりもあってか耳に入ったらしい。

 八紘さんは大きく頷くと、周囲を確認してから言った。



「あぁ、そうだ! しかし、ここではなんだ! 場所を変えても良いか!?」

「はい、構いませんけど……」

「それでは、中庭に行こう!!」



 そんなこんなで。

 ボクと八紘さんは一路、学校の中庭へと向かうのだった。









「やっほー、きたみたいだね」

「あれ、未希さんもいるんですか?」

「あぁ、そうだ! 元はといえば、彼女に頼まれてな!!」



 中庭に顔を出すとそこには未希さんの姿もあった。

 ボクは軽く会釈をする。そして、ひとまず三人で近くの椅子に腰かけた。周囲に人の影は見えない。学園祭の準備に忙しいのだろう。

 それなら好都合だった。

 八紘さんはいつものような通りの良い声で、こう切り出す。



「それで、エヴィさんの件についてだが! 俺は全面的に協力したい!」



 それは少し、意外な言葉だった。

 何故なら彼とエヴィに接点はないはずだから。

 それなのにどうして、八紘さんは協力してくれるのだろうか。



「実はね、八紘はエヴィのことが好きなのよ」

「え……!?」



 そう考えていると、耳打ちしてきたのは未希さんだった。



「一回告白して、フラれちゃったけどね」

「へぇ……」



 くすくすと笑いながら、そう語る彼女。

 ボクはそれを見て、思わずこう訊いてしまった。



「なんだか、嬉しそうですね?」

「はぃ!?」



 すると未希さんは、急に素っ頓狂な声を上げる。

 顔を真っ赤にしている様子から、ボクはある可能性にたどり着いた。

 彼女は八紘さんの告白が失敗して嬉しい。ということは、つまり――。



「あぁ、好きなんですね。八紘さんのことが……」

「ちょ、拓海ストップ!? それ以上言うな!!」



 ボクの指摘に、顔をさらに赤くして声を震わせる未希さん。

 なんだか、その表情はエヴィが照れる際のそれに似ていて微笑ましかった。だがあちらと違って、こちらはこれ以上茶化すと危険な気がする。

 そう思って、ボクは八紘さんにこう話題を振った。



「それで、協力ってどういうことです?」

「うむ! それなのだがな――」



 彼は一度そこで言葉を切り、ボクを見て言う。




「彼女の趣味はよく分からない! だが、それを肯定しよう!!」――と。




 力強く。そして、混じりけのない笑顔で。

 それはつまり、ミスコンの時に最初に肯定の声を上げる、ということだろうか。

 だけどボクにはまだ、懸念があった。たしかに、八紘さんの助力はとても強力なピースだろう。しかしながら、それでもし失敗したら……。



「杉本拓海、キミは優しいな!」

「え……?」

「キミはとかく、彼女のことを第一に考えている!」

「そ、それは……当然ですよ」

「うむ! それについては、俺も同感だ!!」



 そう考えていると、八紘さんはこう言うのだった。



「だがな、時には背中を押すことも大切じゃないか! 彼女自身が前に進もうとしている時、背中を押すのもまた、優しさだ!!」――と。



 その言葉は、キャプテンを任される彼だからこそのものだった。

 そして、とても説得力がある。ボクはどこか、目から鱗が落ちる気分だった。



「背中を押す、優しさ……」

「もちろん覚悟は要る! しかし、仮に失敗してもそれは経験だ! そして、そういう時に支えてやるのがキミや、俺たちの役割だろう!!」

「………………」



 ボクの中にあった不安が、晴れていく。

 それだけ、八紘さんの言葉には魔法がかけられていた。




「そう、ですね……」

「うむ!!」




 ボクはそう短く答えて、覚悟を決める。

 そして、ゆっくりと深呼吸をするのだった。










 

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