4.背中を押すという優しさ。
――学園祭の準備は、着実に進んでいった。
それ以前に、学校側がコスプレ喫茶を許可した、というのが驚きだ。わが校は何度も言うが、この手のことについてそれなりに口出ししてくる。
自由度がない、といえばそうだが、規律があるといえばいいのだろう。
しかし、とにもかくにもだ。
わが校の学園祭――しかもエヴィのいるクラスで、コスプレ喫茶が催される、というのは一気に話題となった。当然、その準備を見にくる野次馬も増える。
誰かの視線を受けながらの作業がもどかしい。
そう思っていた時だった。
「はっはっは! 噂は聞いたぞ、杉本拓海くん!!」
「え……八紘さん!?」
放課後、諸準備を行っているところに現れたのは知紘の兄。
相も変わらず精悍な顔立ちをした彼は、両腕を組み仁王立ちしていた。野球部のキャプテンということもあり、クラスメイトの野球部員は、深々と頭を下げて挨拶をする。それに応えてから、彼はボクに言った。
「未希から聞いたぞ、なにか考えがあるそうだな!」
「え、あぁ……ミスコンの?」
どうやら、幼馴染という繋がりもあってか耳に入ったらしい。
八紘さんは大きく頷くと、周囲を確認してから言った。
「あぁ、そうだ! しかし、ここではなんだ! 場所を変えても良いか!?」
「はい、構いませんけど……」
「それでは、中庭に行こう!!」
そんなこんなで。
ボクと八紘さんは一路、学校の中庭へと向かうのだった。
◆
「やっほー、きたみたいだね」
「あれ、未希さんもいるんですか?」
「あぁ、そうだ! 元はといえば、彼女に頼まれてな!!」
中庭に顔を出すとそこには未希さんの姿もあった。
ボクは軽く会釈をする。そして、ひとまず三人で近くの椅子に腰かけた。周囲に人の影は見えない。学園祭の準備に忙しいのだろう。
それなら好都合だった。
八紘さんはいつものような通りの良い声で、こう切り出す。
「それで、エヴィさんの件についてだが! 俺は全面的に協力したい!」
それは少し、意外な言葉だった。
何故なら彼とエヴィに接点はないはずだから。
それなのにどうして、八紘さんは協力してくれるのだろうか。
「実はね、八紘はエヴィのことが好きなのよ」
「え……!?」
そう考えていると、耳打ちしてきたのは未希さんだった。
「一回告白して、フラれちゃったけどね」
「へぇ……」
くすくすと笑いながら、そう語る彼女。
ボクはそれを見て、思わずこう訊いてしまった。
「なんだか、嬉しそうですね?」
「はぃ!?」
すると未希さんは、急に素っ頓狂な声を上げる。
顔を真っ赤にしている様子から、ボクはある可能性にたどり着いた。
彼女は八紘さんの告白が失敗して嬉しい。ということは、つまり――。
「あぁ、好きなんですね。八紘さんのことが……」
「ちょ、拓海ストップ!? それ以上言うな!!」
ボクの指摘に、顔をさらに赤くして声を震わせる未希さん。
なんだか、その表情はエヴィが照れる際のそれに似ていて微笑ましかった。だがあちらと違って、こちらはこれ以上茶化すと危険な気がする。
そう思って、ボクは八紘さんにこう話題を振った。
「それで、協力ってどういうことです?」
「うむ! それなのだがな――」
彼は一度そこで言葉を切り、ボクを見て言う。
「彼女の趣味はよく分からない! だが、それを肯定しよう!!」――と。
力強く。そして、混じりけのない笑顔で。
それはつまり、ミスコンの時に最初に肯定の声を上げる、ということだろうか。
だけどボクにはまだ、懸念があった。たしかに、八紘さんの助力はとても強力なピースだろう。しかしながら、それでもし失敗したら……。
「杉本拓海、キミは優しいな!」
「え……?」
「キミはとかく、彼女のことを第一に考えている!」
「そ、それは……当然ですよ」
「うむ! それについては、俺も同感だ!!」
そう考えていると、八紘さんはこう言うのだった。
「だがな、時には背中を押すことも大切じゃないか! 彼女自身が前に進もうとしている時、背中を押すのもまた、優しさだ!!」――と。
その言葉は、キャプテンを任される彼だからこそのものだった。
そして、とても説得力がある。ボクはどこか、目から鱗が落ちる気分だった。
「背中を押す、優しさ……」
「もちろん覚悟は要る! しかし、仮に失敗してもそれは経験だ! そして、そういう時に支えてやるのがキミや、俺たちの役割だろう!!」
「………………」
ボクの中にあった不安が、晴れていく。
それだけ、八紘さんの言葉には魔法がかけられていた。
「そう、ですね……」
「うむ!!」
ボクはそう短く答えて、覚悟を決める。
そして、ゆっくりと深呼吸をするのだった。
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