7.父、オリバー・ミュラー参上。








「……えー、っと。それで、お父さん」

「キミに父と呼ばれる筋合いはない。俺の名前はオリバーという」

「いや、その名前はいま聞きました」



 ――みなさん、事件です。


 ボクは女子二人が風呂に行っている間、オリビアさんと食事の準備をしていた。

 そんな時に、この方――エヴィの父であるオリバーさんが、帰宅されたのだ。筋骨隆々、スーツがはち切れんばかりの体格を誇る彼は、サングラスの奥からでも分かる鋭い眼光をこちらに向けている。

 そして、どういうわけか。

 ボクとオリバーさんは、テーブルを挟んで椅子に座って向かい合っていた。



「それで、だ。キミはエヴィの友人、ということだな?」

「はい……そう、ですが……」

「結婚は考えているか?」

「ぶふっ!?」



 某ゲンドウさんのような姿勢と声で、そんなことを言うオリバーさん。

 ボクは完全に不意打ちを喰らって吹き出した。



「け、けけけけけけけ、結婚!?」

「なにを驚いている? あのように可憐な娘を見て、将来を考えない男などいないだろう。それともキミは、娘に魅力がないというのか!?」

「いやいやいやいや、ちょっと待ってください!? 極論すぎますって!!」



 身を乗り出し威圧してくる彼を必死に制して、ひとまず落ち着ける。

 すると、不服そうな表情を浮かべながらもオリバーさんは引き下がるのだった。



「……で、少年よ。キミは娘をどう思っている?」

「エヴィ……さん、ですか」

「あぁ、そうだ」



 そこで一口。

 オリビアさんが出してくれたコーヒーを飲むオリバーさん。

 ボクはその間に一生懸命、考えをまとめて彼に向き合うのだった。そして、



「ボクは、エヴィさんに……幸せになってほしい、って思っています」

「ほう……?」



 そう切り出すと、相手は興味深そうに眉をひそめる。

 緊張で喉が渇いたが、ここで引いては駄目だ。そう考えて、ボクは続ける。



「ボクにできることは、きっと少ないです。それでも、エヴィさんには今までの分だけ幸せになってほしい気持ちは、紛れもない本心です。だから――」



 そこで、一つ深呼吸。

 ボクは真っすぐに、オリバーさんの厳しい顔を見て言った。




「――可能なら、いつまでも。できる限り、彼女をサポートしたい。ボクは本気で、そう考えています」




 もちろんそこに、結婚という考えはなかったが。

 というか、ボクとエヴィはそういう関係ではなかったし。彼女にはボクなんかより、もっと相応しい人がいるとも思っていた。でも、これからもずっとエヴィを支えたいという気持ちは、絶対に伝えなければならない。

 そのために少し遠回しだが、ボクはボクなりの気持ちを言葉にしたつもりだ。




「…………」

「…………」




 あとは、オリバーさんがどう受け取るか、だけど――。




「えぇ……!?」




 ボクは思わず声を上げてしまった。

 何故なら、オリバーさんの頬に一筋の涙が伝ったのだから。本人も無意識だったのだろう。彼はサングラスを取ると、驚いたようにそれを拭っていた。

 そしてボクを見て、満足したように頷く。



「あぁ、そうか。娘はとても良い友人を持ったようだ」



 その言葉には、分かりやすいほどの愛情が溢れていた。

 きっと様々な責任や苦労、そして計り知れない困難があったのだろう。娘のために母国を離れて、遠い異国の地へやってきた。

 そんな彼が、エヴィのことを第一に考えていないはずがないのだから。

 ボクはそう感じて、一つとても安堵したのだった。しかし、



「ただ、一つ注文をつけるとしようか」

「へ…………?」



 次にオリバーさんが口にした言葉。

 それは、こちらの喉元に鋭いナイフを突きつけるようなものだった。





「エヴィを幸せにするならば当然、結婚は視野に入れているんだろうな?」

「………………」





 背筋が凍る。

 蛇に睨まれた蛙、という表現がピッタリの状況だった。

 なにか答えようとしても、舌の根が渇いて上手く言葉が出てこない。恐怖で引きつった口角が、ぴくぴくと痙攣していた。

 ボクはいったい、どのように答えるのが正解なのか。



「あーっ! パパ、なにやってるの!?」



 そう考えていた時だった。

 助け船が、風呂場から戻ってきたらしい。



「おぉ、エヴィ。いま、お前の彼氏から話を聞いていたんだ」

「彼氏!? ち、違うよ!?」



 エヴィの登場によって、場の空気が和んだ。

 ボクはやっと呼吸が可能になり、思わずうな垂れてしまう。……疲れた。



「やあやあ、たっくん。ずいぶんと絞られたようですな?」

「あー……うん、かなりな」



 完全に脱力していると、同じく戻ってきた知紘に声をかけられた。

 それに答えると、彼女はおかしそうに笑って。しかし、すぐに真剣な声色でこう耳打ちしてくるのだった。




「ちょっと、さ。あとで話があるんだけど、いいかな?」――と。





 どうしたと、いうのだろうか。

 その答えを聞くより先、知紘は言い争う親子の方へ行ってしまう。

 だからボクは、一人で首を傾げるしかなくなってしまうのだった……。








 

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