6.知紘とエヴィ――大切な友達。








「わーっ! お風呂、広ーい!!」

「そ、そうかなぁ……?」



 エヴィと知紘は二人で一緒に風呂に入っていた。

 身体をタオルで隠しながら、エヴィは元気いっぱいな様子の友人に苦笑する。一方知紘は、そんなことお構いなしに風呂場のあちこちを観察していた。

 そんな彼女を見つつ、エヴィは一度かけ湯をしてから浴槽に身を沈める。

 知紘はエヴィのやり方を真似てから、彼女の隣に入ってきた。



「あったかいねぇ……」

「ごくらく、ごくらくっ!」



 そこで、互いに一息つく。

 ゆったりとした時間が流れて、さすがの知紘も静かになる。そう思ったが――。



「――で? えっちゃん、いつになったら告白するの?」

「ぶふっ!!」



 なんの脈絡もなしに、知紘は爆弾を投下した。

 不意打ちを喰らったエヴィは、らしくない吹き出し方をする。そして、いつものように顔を真っ赤にして友人の顔を見るのだった。

 すると、そこにあったのはニヤニヤとした意地の悪い顔。



「な、なに言ってるの!?」

「いやいや。アタシとえっちゃんの仲でしょ? 今さらじゃん」

「たしかに、そうだけど。私はまだ、そんな……」

「えー? 今日だって、良い雰囲気だったのに~!」

「うぅ……!」



 身を寄せて小突いてくる知紘。

 エヴィはそれを受けて、ほんの少しだけムッとしたらしい。子供のように唇を尖らせて、友人にこう確認をするのだった。



「それを言うなら、天野さんも、でしょ……?」――と。



 彼女もまた、拓海に好意を抱いていたはずだ、と。

 その言葉を受けた知紘は、一瞬だけポカンとするが、すぐに笑ってみせた。



「あー、アタシはもうOKなのですよ! 叶わないな、ってわかったので!」

「えええええ!? そんな、休み時間にだって仲良く話してるのに!?」

「あはは! それはそれ、これはこれ、だよー?」



 茶化すような調子で語る知紘。

 しかし、女同士だから分かったのだろうか。

 エヴィはほんの微かに、彼女の表情が翳ったのを見逃さなかった。



「あの、天野さん。その、本当なの……?」

「………………」



 静かな口調で訊ねるエヴィに、知紘は観念したように目を細める。

 黙り込んだ知紘は、しばしの間を置いてから大きくため息をつくのだった。



「はぁ~……。マジで、失恋はつらいっすわ!」



 そして、タオルを手に万歳しながらそう言う。

 彼女はエヴィの顔を見ながら、どこか遠くを見るようにこう続けた。



「アタシだって、たっくんのことは好きだよ? 一目惚れ、ってのは本当だし。今でも間違いじゃなかった、って思うの。でも、これは一方通行だ、ってわかったから」

「一方通行……?」

「そそ。どう足掻いても、たっくんの中には一人の女の子がいるのです!」



 知紘はそこで一度、エヴィから視線を外して。

 なにかを考えるようにして、こう言った。







「その女の子、きっと強敵だよ?」――と。







 その言葉を聞いて、エヴィはハッとした。

 そして、彼の過去を思い出すのだ。



「…………うん。そう、だね」

「その様子を見るに、えっちゃんは誰のことか知ってるんだね」

「会ったことはないし、顔も知らない、けどね」

「はぁ~……! たっくんも、罪作りですなぁ! こんな美少女二人が傍にいるのに、他の女の子を考えているなんて! しかも、アレは無自覚ですよ!!」



 知紘が本人不在にもかかわらず、抗議の声を上げる。



「あはは。本当だね……」

「………………」



 しかし、それを聞いてもエヴィは乾いた笑い声だけ。

 これは少し旗色が悪い、と思った知紘。



「これは少し、ガチな話なんだけどさ」



 彼女は、真剣な声色でこう言うのだった。




「きっと彼を振り向かせるには、もっと大きな衝撃が必要なんだよ」

「衝撃……?」

「そう、衝撃!」




 それにエヴィが小首を傾げると、知紘は頷く。



「過去のことなんて、どうでも良くなるくらいの衝撃! この人のことが好きなんだ、自分じゃないと駄目なんだ、って思わせるくらいの!!」



 そして、エヴィの細い肩をしっかりと掴んだ。




「――で、それができるのはエヴィ・ミュラーだけ! アンタじゃないと、あの唐変木は前に踏み出せない!」

「そ、そんな……杉本くんは、唐変木なんかじゃ……」

「いいや、どう考えても朴念仁です! しかも筋金入りの!!」




 エヴィを外に連れ出したようでいて。

 実際は、きっと誰よりも殻にこもって一線を引いている。

 知紘にとっての杉本拓海は、そういった『偏屈さ』を持っているのだった。それを考えれば、唐変木、という言葉もあながち間違いではない。



「だから、頑張ろうね。えっちゃん? アタシも協力するから……!」

「天野さん……」

「そろそろ、下の名前でよんでくれないかなぁ?」

「……ふふっ。そうだね、知紘ちゃん」

「ん。それでよし!」



 これで、自分たちのやることは決まった。

 そう思ってようやく、知紘はゆっくり肩まで湯船につかる。すると、次に問いを投げたのはエヴィの方だった。



「でも、どうして知紘ちゃんはそこまでしてくれるの……?」

「ん~? そうだなー……」



 それに対して、知紘は少し考えてから。

 やっぱり当たり前で、そうするべきだと思って答えるのだった。






「大好きな人には、幸せになってほしいじゃん? アタシにとってそれが――」






 ニッと、気持ち良いくらい清々しい笑顔を浮かべて。






「たっくんと、えっちゃん。二人の大好きな友達だ、ってだけだよ!」――と。






 その言葉は当たり前のことのようで。

 しかしきっと、とてつもなく難しい言葉だとエヴィは思うのだった。




「そっか……。ありがとう、知紘ちゃん」




 ほんの少し泣きそうになりながら。

 エヴィは、快活さを失わない知紘に感謝を述べるのだった。









 

――――

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