5.相手がなにを思ってくれたのか。







「う、うぅぅ……」

「どうしてエヴィが恥ずかしがってるの……?」



 ブランドショップを出て、ボクとエヴィは街を歩いていた。

 選んでもらった諸々は丁寧にお断りして、ひとまず彼女を家まで送ろう、ということになったのである。だが、どうにも先ほどからエヴィの様子がおかしかった。

 こちらと顔を合わせようとせず、目が合うと慌てて逸らす。

 いったい、どうしたというのか。



「んー……」



 少しだけ考える。

 その上で、ボクは彼女にこう伝えたのだった。



「エヴィはきっと、ボクのためを思って連れて行ってくれたんだよね?」

「え……」



 それは、先ほどの店に強制連行されたことについて。

 ボクは自分なりの解釈をエヴィに伝えた。



「クラスで浮いてる――というより、沈んでるボクを見て助けようとしてくれたんだ。だから、いきなりデートだって言って誘ってくれた」

「……そ、それは…………」



 口ごもる彼女を見て、その憶測が当たらずとも遠からずと判断する。

 一つふっと息をついてボクは、静かにこう言った。



「気持ちは、とても嬉しいよ。ちゃんと友達だって思ってもらえてる、っていうのは良く分かった。でも、少しだけ刺激が強かったかな……?」



 苦笑いしつつ、頬を掻いて。

 するとエヴィは少しだけ、ほんの少しだけ驚いてから答えた。



「もしかして、ご迷惑でしたか……?」

「いいや、そんなことないよ。ちょっとだけ、ビックリしただけで」



 緊張する彼女に、ボクは最大限に平静を装って返す。

 会話をするだけでもドキドキする女の子を前に、どうにかこうにか理性を保ちつつ、ボクはしばし冷静に考えてこう言うのだった。



「それでも、ボクにはボクの考えがあるんだ。それを簡単に変えるつもりはないし、変える必要もないのかな、って思ってる」

「変える必要が、ない?」

「そうだよ。ボクはボクの意思で、そうしているんだ」



 だから、エヴィが気にすることではない。

 そう思っていると、彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。



「でも、一人は寂しいです……」――と。



 その一人、という言葉の意味はなんだっただろう。

 孤独という意味か。それとも、理解されないという意味か。

 いずれにせよ、彼女も同じくボクと同じヲタクだ。もしかしたら、日本にくるまでに何かあったのかもしれない。

 そこまで考えて、ボクは短くうなってからこう続けた。



「……でも、さ。いまは、エヴィがいるでしょ? だから、一人じゃない」

「え…………私、ですか?」

「そそ」



 だから、少なくとも孤独ではない、と。

 そう考えると自然に、口角が上がるのが分かった。



「だから、ボクが寂しいってことはないよ。自分を変えるのは、自分を変えたいって思った時だけにするから。だから、キミには安心してほしいかな?」

「杉本くん……はい! 分かりました!」



 心の底から、思う気持ちを言葉にする。

 そして、それはようやく彼女にも伝わったようだった。ボクは安堵した様子のエヴィを見てまた、ひと安心。ボンヤリと、考え事に耽るのだった。



 いったい、エヴィはドイツにいた頃にどんな暮らしをしていたのか。

 先日の反応もそうだし、少しだけ気にかかった。



「あ、もうすぐ私の家です!」

「そうなんだ。えっと…………え?」



 さてさて。

 そうこうしているうちに、彼女の家へと到着したらしい。

 お役御免かと思い、ふと視線を持ち上げた。すると、目に入ってきたのは……。



「え、なにこの豪邸……」

「…………? そう、ですか?」



 まるで屋敷のような大きさの豪邸だった。

 よくよく周囲を見てみれば、今いるのは高級住宅街だし。しかし、だとしてもエヴィの家は他のそれよりも一線を画していた。

 規格外すぎる。

 そう思っていると、不意に声をかけられた。



「あら、エヴィ? いま帰ったところかしら」

「あ、ママ!」



 エヴィがママと呼んだ声の主の方へ、振り返る。

 するとそこには、彼女がそのまま大人になったような美女がいた。笑顔でその人に駆け寄る少女と交互に見て、ボクは思わず緊張で固まってしまう。

 そんなこちらの様子に気付いたのか、エヴィの母親は笑顔でこう言った。



「もしかして、エヴィのお友達かしら?」

「え、あ……はい。そう、です……」



 あまりに流暢な日本語だが、違和感を覚える暇すらない。

 ボクがボーっとしているとエヴィの母親は、小さくお辞儀をして言った。



「それなら、おもてなし、しないとね?」――と。




 …………なんですと?



 その言葉の意味をかみ砕くのに、数秒の時間を要する。

 しかし、そのタイムラグもあって断る機会を逃してしまうのだった……。




 

――――


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