12.陰キャの男子には刺激が強い。








「それじゃ、二人ともバイバイ!」

「気をつけて帰れよー!」

「ばいばーい!」



 勝敗がついて知紘は、案外素直に引き下がった。

 エヴィはそんな彼女の後姿を見送って、拓海にバレないように息をつく。問題はココからだ、と。そう覚悟を決めて、彼にこう提案するのだった。



「あの、杉本くん……?」

「どうしたの、エヴィ」

「ええっと……その、杉本くんの家に――」



 だが、それよりも先に問題が発生。



「ん、雨……?」



 拓海の声に空を見上げると、鉛色の空から微かな雨粒が落ち始めていた。

 そして、それは次第に大きくなり――。



「やばい、スコールだ!?」

「きゃあああっ!?」



 雷が鳴り響き、強風が吹き荒れる。

 このまま外にいてはマズイ。二人は考えが合致した。

 その中で先に提案する形になったのは、拓海の方からだ。



「ボクの住んでるアパート、ここから近いんだ! ひとまず、雨宿りに!!」

「う、うん……!」



 結果的に、エヴィは彼に手を引かれる形で駆け出す。

 想像よりも何倍も大きな、男の子の手。彼女はそれだけで、不思議と胸が高鳴るのだった。







 そして、二人は拓海の住む部屋にやってきた。

 高校生男子が一人で住むにはやや狭く、綺麗に整理整頓こそされているが、ライトノベルやゲームが多くの面積を取っている。それでも生活しやすい工夫はされているようにも思われた。



「大丈夫、エヴィ。寒くない?」



 一時避難とはいえ、初めて異性の家に入る少女は惑う。

 それでも、まだ暑いとはいえ雨に濡れたままでは風邪を引いてしまう。そう考えたエヴィは意を決して、拓海の部屋へと一歩を踏み入れた。

 六畳の小さな部屋に、キッチン、そしてトイレと風呂場は別らしい。その中を拓海は慣れた足取りで進み、大きめのバスタオルを彼女に手渡した。



「ひとまず、それで身体を拭いて? でも、このままだと風邪引くし、どうしよう。着替えはボクのシャツがあるけど、エヴィには大きいし……」



 テキパキと作業を進める拓海。

 それでも、ところどころで相手が女の子だということに混乱しているようだった。

 本来であればシャワーを浴びるように勧めるのが、正解のように思える。しかし、改めて述べておくが彼は陰キャだ。

 これは非常事態であり、本来的な部分で拓海にそんな度胸はない。

 そのため、彼が苦悩しているのを察したエヴィが言った。



「え、っと……シャワー借りていい?」

「あ、え……う、うん」

「じゃ、借りるね」

「………………」



 微妙な空気が流れる。

 それでも、ひとまずの着替えを受け取ってエヴィは風呂場へ向かった。ドアを閉めて鍵をかけ、彼女もまたそこでようやく息をつくことができる。

 緊張しているのは拓海だけではない。

 エヴィにとっても、これは非常事態で緊急事態だった。



「う、うぅ……! どうして、こんなことにぃ……!?」



 目をぐるぐると回しながら。

 エヴィはとりあえず、ずぶ濡れになった学生服を脱ぐのだった。







『関東全域にかかった爆弾低気圧によって、各地ではゲリラ豪雨が発生しています。この雨はさらに強さを増し、止むのは明日の早朝になるかと――』



 エヴィがシャワーに入ったタイミングを見計らい、ボクは部屋着に着替える。

 そして、テレビをつけてニュースを見ると、やはり異常気象の話で持ちきりになっていた。なんでも、とにかく大きな低気圧がきているらしい。

 迷惑極まりない。

 そう思って、ボクはため息をついた。



「………………」



 そこでふと、冷静になる。

 次いで思い出すのは、あの壁の向こうではエヴィがシャワーを浴びていることだ。

 不慮の事故とはいえども、女の子を自分の部屋に招くなんて。今までのボクでは、まずあり得ない出来事に違いなかった。

 中学時代なら、いざ知らず。

 まさか、青葉高校に進学してからこんなことに……。



「あー、もう! 考えるな、杉本拓海!! 邪念は殺せ!!」



 そこまで考えてから、ボクはまだ濡れたままの頭を大きく左右に振った。

 落ち着け、ホントに。ボクらしくないぞ……。



「あの、杉本くん……?」

「うおわ!? エ、エヴィ!?」

「あの、シャワー終わりました」



 ――とか、考えていると。

 少し離れた場所に、髪が濡れて輝く美少女が立っていた。

 エヴィは少しだけ遠慮がちにボクを見ると、こう訊いてくる。



「あの、ドライヤーは……ない、ですか?」

「あ、それならそこの棚に仕舞ったままだと思う」



 そう告げると、彼女は短く感謝の言葉を口にして髪を乾かし始めた。

 ボクはそれを直視しないように、必死に目を逸らす。

 だって、いまのエヴィは――ヤバい。


 オーバーサイズのシャツを着て、肩は片方が見えてしまっているし。何よりもシャワーを浴びて、頬がほんのり赤く染まっているのが艶やかだ。


 そんなもの、直視したら死ぬ。

 仮に神様がいるとしたら、その神様も死んでしまうだろう。



「…………」



 ――心頭滅却。

 ボクは必死に感情を殺し、その場を切り抜けようと心掛けた。しかし、



「あの、杉本くん……?」

「ひゃい!?」



 エヴィの愛らしい声によって、現実に引き戻されてしまう。

 そして、次に出た彼女の言葉によって――。



「どうして、杉本くんは一人暮らしをしているのですか……?」

「え……」






 ボクの心の中には、忘れたい感情が渦巻いたのだった。




 



――――


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