第2章
1.ちょっとだけ、昔の記憶。
――一人の女の子が、泣いていた。
ボクは、何もできずに見ていることしかできない。彼女はボクの中学時代の友達で、かけがえのない友達で、絶対に守ってあげるんだ、って思ってた。
それなのに、どうして……。
『おい、こいつ吐いてるぜ! きったねぇ~!』
一人の男子生徒が、彼女を指さしてそう嘲笑った。
周囲も笑う。その中でボクだけが、ヒドイ頭痛に苛まれていた。
助けなければ、と思った。それでも手が、足が、全然動かないのだ。彼女を助けたら、次は自分がその標的になる。そう、分かっていたから。
『なんだぁ? アイツ、今日も学校サボりかよ。つまんねぇ』
翌日から、彼女は学校に来なくなった。
理由は分かり切っている。それなのに誰も、彼女の心配はしなかった。
それどころか、休んでいることさえも笑っていたのだ。ボクはそれが許せなくなって、いよいよ感情を爆発させた。
周囲のボクを見る目が変わった。
ボクは、一人になった。
でもそれで、ようやく彼女の気持ちが分かったのだ。
だから――。
『ねぇ、少し話がしたいんだ』
『………………』
電話をかけた。
彼女は黙ったままで、ボクだけが必死に話していた。
世間話に、互いの共通の趣味の話に、それに部活でのこととかを。でも、
『杉本は、どうして助けてくれなかったの……?』
その一言で、背筋が凍った。
通話は切られて、そこからは沈黙がボクを包む。
思い出したくない記憶。それはもう、忘れたと思い込んでいたものだった。
◆
エヴィはボクに訊ねて、小首を傾げている。
たしかにいくら日本の治安が良いといっても、高校生が一人暮らしだなんて滅多にある話ではない。さらに言えば、ボクは部活の特待生でもなければ、成績だって中の上が良いところだった。
だとすれば、疑問に思われても仕方がない。
「そう、だね……ははは、なんでだろう」
乾いた笑いが漏れた。
誤魔化すにしては、まるで出来の良くないそれだ。
エヴィもボクの変化に勘付いたらしい。髪を乾かし終えて、ゆっくりとこちらへとやってきた。そして、
「どう、したの? 杉本くん」
「どうもしてないよ」
そう、静かに訊いてくる。
ボクは最大限、気丈に返した。でも、
「嘘です」
「……え?」
「杉本くん、嘘をついています」
エヴィはボクの前に正座して、心配そうな表情を浮かべる。
そして、こう言うのだった。
「だって、杉本くん。いまにも泣き出しそうで……」
それは、憐れみだったのだろうか。
それとも友人として抱く、哀しみだったのだろうか。
ただ、いまのボクにとってはどちらも辛い。唇を噛むしかできなかった。
「あぁ、ごめんね。エヴィに、心配かけて」
「いいんです! そんな!」
絞り出した声に彼女は首を左右に振った。
互いに沈黙し、ただただ時間が過ぎていく。それは、ずっと続くようにさえ思われた時間でもあった。
雷が鳴り響く。
外では、依然として大粒の雨が降っているようだった。
「あの、杉本くん……?」
「……なに? エヴィ」
そんなことを思った時だ。
エヴィが意を決したように、こう語り掛けてきたのは。
「私は杉本くんに、とても感謝しています」
「え……?」
そして、もっと驚いたのはその後だった。
「だから、少しでも良いから力になりたいんです」
「え、ま……ちょっと待って、エヴィ!?」
「待ちません!」
温もりに包まれる。
ボクはいつの間にか、エヴィに優しく抱きしめられていたのだ。
思わず逃げ出そうとするこちらを、彼女は逃がさない。より強く抱きしめて、やがて優しく背中を軽く叩くのだった。
それはまるで、子供をあやすかのように。
「杉本くんは、優しいです。私が一人でいるのを見て、誰よりも傍にいようとしてくれました。そんな貴方が、私には眩しかったのです」
「……………………」
「ですから、もしもいま貴方が苦しんでいるなら。その苦しみを、分けてはくれませんか?」
「エヴィ……?」
「だって、ズルいじゃないですか。私ばかり、貰ってばかりなんて」
ボクが小さく名を口にすると、彼女は本当に優しく微笑んだ。
そして、最後にこう言うのだった。
「大丈夫ですよ。私と杉本くんは、友達、なのですから」――と。
その言葉を聞いて、ボクは心を決めた。
彼女にならすべてを話そう、と。
これは、雨の夜。
ボクとエヴィが互いの秘密を共有した時の話だ。
――――
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