2.止まない雨はない、そう信じたい。








「親友が、いじめに……?」

「…………中学時代に、ね」



 ボクはエヴィにある出来事を、話せる範囲で話した。


 要約すると、こうだ。

 ボクには中学に入ってからできた、親友とも呼べる女の子がいた。趣味が同じで、性格もよく合っていた。だから毎日のようにゲームやアニメの話をしたし、こちらの部活にも顔を出して応援もしてくれた。

 誰よりも仲が良かったのは、間違いない。



「中学三年になって、クラス替えがあったんだ。そうしたら、途端に親友への風当たりが強くなって、気付けばあの子はいじめの標的になっていた」

「……………………」



 この話は、きっとエヴィにとっても苦しいに違いない。

 原因は違えども、彼女もまたいじめの被害者。だから本当は、黙っているべきだった。ボクの中で押し留めて、いつまでも隠しておくべきだったのだ。

 だけど、それがあまりにも苦しくて……。



「ボクは……! ボクは、アイツを助けるべきだったんだ! それなのに、自分のことが可愛くて保身に走った!」



 いつの間にか、言葉が強くなっていた。



「そうしてるうちに、アイツは心が壊れてしまって。そこでようやくボクも反発したんだけど、もう全部が遅かったんだ……」

「杉本くん……」



 思い返すだけで、吐きそうになる。

 あまりにもボクは弱かった。大切な人を守れずに、その人が舐めた苦渋が自分に回ってきたら、すぐに逃げ出した弱虫。それが、杉本拓海という人間だった。

 逃げるように地元を出て、県外の高校に進学。

 そして、すべてを忘れようとした。



「ボクはね、卑怯な人間だよ……? エヴィの言ったような人間じゃない」



 ボクに寄り添うエヴィに、そう素直な思いを告げる。

 自分は決して、できた人間ではない。むしろ、弱くて情けない部類だ。だから、



「そう、ですね。杉本くんは、とても卑怯です」

「…………! あぁ、そうだね……」



 彼女に幻滅されたと分かった瞬間。

 どこか、ホッとした自分がいることにも納得できた。しかし、



「でも、だからこそ私は救われたんです」

「――――え?」



 背中から温もりを感じて、ボクはハッとする。

 どうしてだろう。エヴィはこんなボクを抱きしめている。

 その理由が分からずに、呼吸が止まった。そうしていると、彼女は言った。




「貴方がここにいてくれて、私は救われました。一人ではないって、分かったから。貴方の卑怯なところは、誰かを救うのに自分が救われない、そういうワガママなところですよ……?」――と。




 それは、紛れもない肯定の言葉。

 ボクは身に余るそれに、思わず喉を震わせた。



「そんなこと、ない……」

「いいえ。そんなこと、あります」

「ボクはアイツを救えなかった。守れなかったんだ……」

「でも、その経験があったから、私の傍にいようとしてくれた」



 自己否定の言葉が続く。

 だがエヴィは、それを優しく包み込んでくれた。



「その方のことは、残念です。私も気持ちが分かる。だから、苦しいです」



 彼女はそう言って、ボクを抱きしめる腕に軽く力を込める。

 そして、こう続けるのだった。




「でも、きっと分かってくれるはずです。だって、杉本くんは――」




 いつの間にか、涙声になって。






「貴方は、こんなにも優しいのだから……!」――と。





 彼女の声も、震えていた。

 それを聞いてボクは、ようやく気付く。

 自分は一人ではないということ。そして、彼女のためになりたい、そう思わされた根本の気持ちに。ボクはアイツとエヴィを重ねていた。


 だから、他人とは思えなかったのだ。

 だから、身の丈に合わずとも、力になろうとしたのだ。




「ありがとう、エヴィ……」

「はい……はい……!」




 いつの間にか、立場は逆転して。

 ボクは泣きじゃくる彼女の背中をさすっていた。



 雨はまだ、降り止まない。

 それでもいつか、止む時もくるだろう。そう、思うのだった。







 

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