11.激戦のカラオケ編 終幕。








「えっと、私はドイツ国歌を歌えば良いのかな……?」

「いや、乗らなくていい。これは特殊事項だから」

「そうなの?」



 ポカンとするエヴィを止めながら、ボクもまた苦笑い。

 そもそも、ドイツ国歌って、カラオケに入っているのだろうか。とりあえず、それは良いとして、だ。各々に好きに歌って、喉を鳴らすとしよう。

 そんなこんなで、ボクはエヴィに好きな歌を選ぶように促した。すると、



「う、うーん……なに、歌おうかなぁ……」



 慣れない機械、というのもあるが。

 彼女は真剣かつ不安げな表情で、必死に考え込んでいた。

 これなら、もう一つの機械でボクが先に曲を入力しても良いだろう。



「それじゃ、適当に選ぼうかな……?」



 始まりはとても和やかに。

 穏やかな空気が流れ、カラオケ大会は始まった。しかし――。







「な、なかなかやるじゃん……えっちゃん」

「天野さんこそ……!」

「あの、二人とも……?」



 ――いつ頃から、だろう。

 なにやら女子二人は、互いの採点を見ては一喜一憂し、見えない火花を散らしながら歌い始めたのだった。選曲はもちろん、アニソン縛りで。

 だが、どこかそれ以外に特別なルールがあるように思われた。



「今の最高点は、えっちゃんの93.59……」

「この点数は簡単に超えられないよ。それに私、奥の手を隠してるから」

「ふふふふふ。いいじゃん、その心構えは見上げたものだよ」

「あのー……?」



 ガチすぎる。

 なにこれ、この二人ガチすぎませんか。



「……っと、時間か。はい、終わりますー」



 そう思っていると、ボクの頭の後ろで備え付けの電話が鳴った。

 どうやら予定の時間まで、あと五分ということらしい。

 これなら残り、最大で二曲、というところか。



「いまだ! たっくん、アタシ歌うよ!!」

「え、うん……?」



 そんな時だった。

 知紘が声を大にして、自分の番を主張したのは。

 彼女は凄まじい速度でデータを送信し、某有名アニメのOPを歌い始めた。そして、約三分後にそれが終了。叩きだした点数は――。



「え、うそ……!」

「やった~! 93.72!!」



 ――エヴィのそれを上回る、本日の最高得点だった。

 唖然とするエヴィに、小躍りしている知紘。それを見るボクは、いったい何を見せられているのか分からないでいる。

 ちらりと、エヴィを見ると彼女は何かを必死に考えていた。

 いや、正確に言えば決断できずにいる様子だ。



「エ、エヴィ……? どうする、歌う?」

「………………杉本くん」

「はい?」



 そして、最後に歌うかどうか訊ねると。

 彼女はどこか真剣な声色で、ボクに向かって言うのだった。



「私が、杉本くんを守るから……!」――と。




 いや、意味が分からないっす。

 前の巻を抜いた状態で、いきなり最終巻を読まされてる気分です。

 呆然と見送るこちらの気持ちを知らず、女子二人は、やはり互いに火花を散らしていた。そして、最後にエヴィが入力した曲名は――。



「こ、これはまさか……!?」

「へ……〇ラライカ?」



 小気味の良いリズムが流れる、懐かしの曲だった。

 しかし、すぐに異変に気付くのだ。



「いいや、これは違う! これは――」



 声を上げたのは、知紘。

 彼女は、その曲名を叫ぶのだった。




「ヤラ〇イカだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」





 それは、某動画サイトで有名になった替え歌。

 今の若い子たちは確実に知らない。ボクだって、名前しか知らない。

 しかし、エヴィの住んでいたドイツではどうか分からない。もしかしたら、彼女の中ではまだホットなのかもしれなかった。


 小気味のいいリズム。

 その中に響く、女子による汚い言葉。

 これは彼女の名誉のため、誇りのために描写はしない。


 ただ、その時間は苦しかった。

 ボクは唖然と同時に、完全に呼吸を失っていたのだから。そして、




「得点は……!?」




 曲が終わり、知紘が画面に食らいつく。

 そこに映し出された本日最後、彼女たちの勝敗を分ける得点は――。




「98.32……!!」




 知紘のそれをさらに超える、最高得点。

 うな垂れるも、すぐに健闘を称えるためにエヴィに手を差し出す知紘。しかし肝心の勝者は、といえば……。




「……私、なにか大切なものを失ったかも……」




 そう呟いて、小さく涙を流すのだった……。




 



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