4.輝きの約束。







「ん、うぅ……?」



 ボンヤリと意識が覚醒すると、身体は横になっていた。

 なんだろう。頭の片方に温もりを感じた。柔らかい感触があって、どこか心地良い香りもする。その正体を確かめるために、少しだけ頭を動かそうとすると――。



「え…………」



 小さい手が、ボクの頭を撫でた。

 それによってようやく、自分のいまの状況がはっきり分かったのだ。



「杉本くんの寝顔、可愛いですね」

「…………!?」



 ボクは今、エヴィに膝枕をされている……!?

 しかも彼女はまだ、ボクが目を覚ましたことに気付いていない。その状態だからか、普段は言わないような台詞がぽろっと出てしまっていた。

 これは、どうするべきか。

 本来ならすぐに起きて、ひとまず彼女に感謝を伝えるべきだった。でも、



「…………」



 ヤバいくらいに、心地いい。

 なんだろう。とても大きなマシュマロの上に頭を乗せている、という表現が正しいのだろうか。とにもかくにも、気を抜けばボクの意識はすぐにまた落ちてしまいそうだ。だがしかし、いつまでもこうしてはいられない。


 そう思って、身体を起こそうと思ったその時。



「本当に、ありがとうございます」



 エヴィが、静かな口調でそう言った。

 いつものそれとも違う、どこか熱のこもった声色で。

 ボクは思わず起きるのをやめて、彼女の言葉の続きを待ってしまった。



「私は貴方に、憧れていました。転校初日からずっと、一人でも気にせずにラノベを読み耽っていて。他人に流されないその毅然とした姿は、私の理想だったんです」



 なんてことない、ボクの日常。

 それが、まさかエヴィにとってそこまで大きな存在だったなんて。

 ここまできてようやく、ボクは彼女の中にあるトラウマの大きさを知った。



「でも、もしかしたら同じだったのかもしれませんね。杉本くんも、同じような境遇を経験して、それぞれに少し違う傷を負った似た者同士で。そんな貴方の気遣いが嬉しくて、天野さんには少しだけ嫉妬しちゃって……少し、子供っぽいですね」



 ボクの頭を撫でながら。

 エヴィは、言葉を交わすようになってからのことを思い返していた。

 相容れない存在はあるのだと、思っていた。いいや、心のどこかではまだ、そう思っている。でも、少なくとも彼女は違ったのだ。

 遠くから見ているだけでは、気付けない。

 もしかしたら、それは『アイツ』の時も同じで……。



「ふふふ。私、少しだけ頑張ってみますね……?」



 それがあったからボクは、エヴィと出会えたのだろうか。

 皮肉めいているようで、運命的なようで。だからこそ、ボクは――。



「ボクも、エヴィに会えてよかった」

「え……起きてたんですか!?」

「ははは、ごめんね」



 謝りながらも、素直に気持ちを伝えた。

 ゆっくりと身を起こしてから、薄暗い部屋の中でボクはエヴィと向かい合う。



「でも、ボクも同じ気持ちだよ。キミと仲良くなれて、本当に良かった」

「杉本くん……」



 優しく彼女の頭を撫でる。

 そして、真っすぐにこう伝えるのだった。



「少しずつでいい。一緒に、変わっていこう?」――と。



 一気には無理でも、微かにでも良い。

 前に進もう。今までのように、逃げるだけじゃなくて。



「…………はい、杉本くん!」

「うわっ!?」



 その時だった。

 エヴィは感極まったのか、思い切りボクに抱きついてくる。

 なんとかそれを受け止めたが、しかし問題は他にあって……。



「あの、顔が近い……」

「えへへっ!」



 もう息がかかるくらいの距離に、彼女の綺麗な顔があった。

 ボクは胸の鼓動を抑えようとするが叶わない。

 彼女も、それを察したのだろう。



「杉本くん、すごくドキドキしてますね」

「そりゃ、ね……」



 潜り込むように、エヴィはボクの胸に顔を埋めた。

 そして――。



「……すぅ」

「あ、あれ……?」




 どうやら、寝てしまったらしい。

 ボクはそこに至って、いまの時刻に気付いた。

 同時に窓の外へ目を向ける。すると、そこには――。




「あぁ、とても綺麗だなぁ……」







 雨上がりの夜空。

 珍しい満天の星空が、そこに輝いていた。





 



――――


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