6.小さな騒動の後に、確かめ合う時間。







「それにしても、あんなこと言ってよかったの?」

「ん、あんなことって……?」




 放課後になって、ボクが訊ねるとエヴィは小首を傾げていた。

 斉藤に対して放った言葉は、とかく強いものだ。あれがキッカケで、またドイツの頃のような事態に陥る可能性だってある。

 それなのに、エヴィはケロッとした表情を浮かべていた。



「大丈夫だよ、杉本くん」

「……え?」



 そして、ボクの耳元でこう囁く。




「何かあっても、杉本くんが守ってくれるから」――と。




 それは、紛れもない信頼の証だった。

 エヴィがボクに向けてくれた中で、最大級の親愛の言葉。

 一人の友人として、必ず互いのことを守り合えると、そう確信している響きだった。驚きはしたが、不思議とその重圧が心地よい。

 だからボクは、少しこそばゆい思いがあったがハッキリと答えた。



「それは、もう。任せてよ」

「うん……!」



 彼女はそれに、元気いっぱいに頷いて返す。

 そんな姿が愛おしく思えて仕方がなかったが、感情はグッと堪えた。だってこれはあくまで、友人としての思いに違いないから。

 分不相応な思い上がりは、いまの関係を壊してしまうから。

 だからボクは、一つ息をついてこう言った。



「今日はどこで遊ぼうか!」







 ――今日はどこで遊ぼうか、と彼は笑う。


 その表情を見て、エヴィは胸を締め付けられるような思いだった。

 彼女はもう、自分の気持ちを理解している。逃げるように日本にやってきて、本当の意味での友達を知らなかった自分に、それを教えてくれた少年。


 エヴィは確信していた。

 自分は間違いなく、杉本拓海という少年に恋焦がれている、と。



「そうだなぁ……」



 しかしそれを隠しながら、少女は考えるフリをした。

 もし、ここで想いを伝えたらどうなるだろう。それも考えたが、今はとにかくこの関係が心地良いのだ。壊れてほしくはない。だから、言わなかった。

 あるいは、言えなかったのかもしれない。

 そんな弱気な自分が、まだまだ好きになれない少女だが、少しだけ変わったことはあった。それ、というのも――。



「杉本くん、私ちょっと行ってみたいお店があるんだ!」



 ――彼に対して『遠慮』がなくなってきたこと。


 この人になら、素直な自分を見せても大丈夫。

 甘えても、きっと受け入れてくれる。そう、思ったから。



「行きたい店……?」

「うん! オシャレな喫茶店なんだけど、どうしても一人だと難しくて……」

「あー……」



 彼がそういった場所を苦手としているのは、当然理解している。

 それでも、エヴィはあえて小首を傾げて顔色をうかがうのだった。その様子は実年齢よりも、幾分か幼く見える。

 だが、それがエヴィ・ミュラーという少女だった。

 周囲からは冷静沈着だと勘違いされがちだが、本当は甘えん坊。



「うん、分かった。それなら、行こうか」

「やった!」



 それを表すように、許可が出たことで小さく飛び跳ねた。

 子供のような仕草に拓海も、思わず苦笑する。しかし、すぐに優しげな表情に戻ると、少年は少女の頭を優しく撫でるのだった。


 あの夜を共に過ごして。

 いつの間にか、二人だけの特別なやり取りになった癖のようなもの。


 エヴィも拓海も、互いに小恥ずかしいのは変わらない。

 それでも、こうしていたいと思うのだった。




「それでね、そのお店なんだけど。季節限定のパフェが、美味しいんだって!」

「へぇ、そうなんだ。それは見逃せないね」




 二人だけの放課後。

 二人だけの秘密の時間。

 二人だけの絆を深める瞬間。



 緩やかな流れの中で生まれた思いは、たしかに育まれていた。





 

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