6.小さな騒動の後に、確かめ合う時間。
「それにしても、あんなこと言ってよかったの?」
「ん、あんなことって……?」
放課後になって、ボクが訊ねるとエヴィは小首を傾げていた。
斉藤に対して放った言葉は、とかく強いものだ。あれがキッカケで、またドイツの頃のような事態に陥る可能性だってある。
それなのに、エヴィはケロッとした表情を浮かべていた。
「大丈夫だよ、杉本くん」
「……え?」
そして、ボクの耳元でこう囁く。
「何かあっても、杉本くんが守ってくれるから」――と。
それは、紛れもない信頼の証だった。
エヴィがボクに向けてくれた中で、最大級の親愛の言葉。
一人の友人として、必ず互いのことを守り合えると、そう確信している響きだった。驚きはしたが、不思議とその重圧が心地よい。
だからボクは、少しこそばゆい思いがあったがハッキリと答えた。
「それは、もう。任せてよ」
「うん……!」
彼女はそれに、元気いっぱいに頷いて返す。
そんな姿が愛おしく思えて仕方がなかったが、感情はグッと堪えた。だってこれはあくまで、友人としての思いに違いないから。
分不相応な思い上がりは、いまの関係を壊してしまうから。
だからボクは、一つ息をついてこう言った。
「今日はどこで遊ぼうか!」
◆
――今日はどこで遊ぼうか、と彼は笑う。
その表情を見て、エヴィは胸を締め付けられるような思いだった。
彼女はもう、自分の気持ちを理解している。逃げるように日本にやってきて、本当の意味での友達を知らなかった自分に、それを教えてくれた少年。
エヴィは確信していた。
自分は間違いなく、杉本拓海という少年に恋焦がれている、と。
「そうだなぁ……」
しかしそれを隠しながら、少女は考えるフリをした。
もし、ここで想いを伝えたらどうなるだろう。それも考えたが、今はとにかくこの関係が心地良いのだ。壊れてほしくはない。だから、言わなかった。
あるいは、言えなかったのかもしれない。
そんな弱気な自分が、まだまだ好きになれない少女だが、少しだけ変わったことはあった。それ、というのも――。
「杉本くん、私ちょっと行ってみたいお店があるんだ!」
――彼に対して『遠慮』がなくなってきたこと。
この人になら、素直な自分を見せても大丈夫。
甘えても、きっと受け入れてくれる。そう、思ったから。
「行きたい店……?」
「うん! オシャレな喫茶店なんだけど、どうしても一人だと難しくて……」
「あー……」
彼がそういった場所を苦手としているのは、当然理解している。
それでも、エヴィはあえて小首を傾げて顔色をうかがうのだった。その様子は実年齢よりも、幾分か幼く見える。
だが、それがエヴィ・ミュラーという少女だった。
周囲からは冷静沈着だと勘違いされがちだが、本当は甘えん坊。
「うん、分かった。それなら、行こうか」
「やった!」
それを表すように、許可が出たことで小さく飛び跳ねた。
子供のような仕草に拓海も、思わず苦笑する。しかし、すぐに優しげな表情に戻ると、少年は少女の頭を優しく撫でるのだった。
あの夜を共に過ごして。
いつの間にか、二人だけの特別なやり取りになった癖のようなもの。
エヴィも拓海も、互いに小恥ずかしいのは変わらない。
それでも、こうしていたいと思うのだった。
「それでね、そのお店なんだけど。季節限定のパフェが、美味しいんだって!」
「へぇ、そうなんだ。それは見逃せないね」
二人だけの放課後。
二人だけの秘密の時間。
二人だけの絆を深める瞬間。
緩やかな流れの中で生まれた思いは、たしかに育まれていた。
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