7.突発! 恋人限定喫茶店潜入 前編。
「ねぇ、この喫茶店……ってさ?」
「どうしました?」
「いや……」
ボクは辿り着いた喫茶店の外観を見て、どこか気が遠くなった。
何故ならそこにあったのは、オシャレという以上に『カップルで来店すること』を前提に経営している店だったから。数人が列を作っているが、どこも男女の組み合わせ。そして、こ――恋人つなぎをしていた。
「…………もしかして、気に入りませんでした?」
「あ、え……っと、いや……?」
不思議そうな表情で小首を傾げるエヴィ。
そこにあるのは、無垢な眼差しであって悪意がないのが明らかだった。もしかしたら彼女自身、ここがどういった喫茶店なのかを理解していないのかもしれない。
だとしたら、そんなエヴィを責められるだろうか。いや、責められない。
ボクはそこまで思考してから、ようやく覚悟を決めた。
「…………そ、そろそろか」
そして、待つこと十数分。
互いに物凄く身体を密着させた男女が退店したのを見て、ボクは思い切り唾を呑み込んだ。店員がこちらを見て、にっこりと笑顔を見せる。
すると口を開いたのは、エヴィだった。
「えっと、カップル割でお願いしますっ!」――と。
……マジっすか、エヴィさん。
ボクは驚き、いつの間にか腕を絡めている彼女を見た。
こちらが困惑やら混乱の最中にいるにもかかわらず、エヴィはずっと変わらない微笑みを浮かべたまま、ボクの手を引くのだ。
そして、その勢いで店の中へ。
「う、うわぁぁ……!」
すると、ボクは異世界転移したような衝撃に襲われた。
周囲に飾られている小物などを見ても、どことなくピンクが強くなっている。かといってメイド喫茶のような華美なそれではなく、落ち着いた雰囲気も持っていた。
一見すれば、普通の可愛らしい喫茶店。
しかし、それ以上に目を引くのはカップルたちが飲むドリンクだった。
「あんなの、アニメでしか見たことないぞ……?」
ハートが交差するように作られたストロー。
それが差し込まれたドリンク自体は普通だが、どうにも直視できなかった。そうやって若干、目を伏せ気味に席に着くと、すぐに店員がやってくる。
メニューを置いて去っていこうとするが、それより先にエヴィが口を開いた。
「あ、すみません。先にカップル限定ドリンクをお願いしますっ!」
「かしこまりました」
「ひっ……!?」
それを聞いて、ボクは思わず短い悲鳴を上げてしまう。
だが、そんなことはよそにして、店員は手早く店の奥へ行ってしまった。
「あ、あのさ。……エヴィ?」
「どうしました?」
そこに至って、ようやく一息つく。
ボクは意を決して、エヴィにこう訊ねた。
「ここが、こういうお店だって……知ってたの?」
すると彼女は、ニコっと笑って。
「はい! だから、杉本くんときたかったんです!」
そう、曇りなき眼でボクを見て答えた。
邪念がまるでない。あまりに真っすぐで、綺麗なそれにボクは息を呑んだ。
こそばゆく感じ、思わず頬を掻きつつ。ボクは必死に言葉を探した。だけども、やはり先に口を開くのはエヴィ。
彼女は周囲を見回してから、嬉しそうな声色で言うのだった。
「私、こういうお店にくるのが夢だったんです」
「夢……?」
「はい」
その言葉に、ボクは少しだけ気を取り戻し訊き返す。
するとエヴィは目を細めながら、続けた。
「あっちにいたころは、こういう場所はマンガやアニメの中だけの世界でしたから。憧れていたとしても、絶対にたどり着けない場所でした」
「エヴィ……」
「えへへ。だから、今日はここに来られて嬉しいですっ!」
そう言って、少しだけ恥ずかしそうに微笑む彼女。
ボクはそれを聞いてようやく、状況を呑み込むことができた。だから、
「そっか……。それなら、楽しまないとね?」
「はい!」
素直に、彼女の願いを叶えよう。
そう思えたのだった。
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