7.ほんの少しの覚悟を決めて。
「今日はありがとう、杉本くん!」
「え、あぁ……いいよ、気にしないで」
その後、緊張しながらの歓談を終える。
外はすっかり暗くなっており、今から帰ると家に着く頃には深夜になっているかもしれなかった。ありがとう、と言いながらも心配そうなエヴィに笑い返す。
街灯の明かりに照らされた彼女の顔は、昼に見るそれとは違う儚さがあった。
「………………」
「どうしたの?」
「あ、いや。なんでもないんだ」
「…………?」
それを見ていると、思い出すのはオリビアさんの言葉。
エヴィはもともと引っ込み思案で、そして――『いじめ』を受けていた。彼女の母が話すには、日本にきた理由もそこにあるという。
両親の仕事の影響、というのは方便だ。
本当は……。
「ねぇ、エヴィ……?」
「え? どうしたのかな」
そう考えていると、自然とこんなことを訊いていた。
「エヴィは、日本にきてよかった、って思う……?」
もしかしたら、安心したかったのかもしれない。
彼女が日本にやってきたことで、自分らしく生きていてくれたら、と。そんな願いがあったから、日本にきてよかった、という答えが聞きたかった。
しかし、少し困った表情になったエヴィは言う。
「えへへ……正直、まだ分からない」――と。
おそらく、ボクの問いの真意を悟ったのだろう。
彼女は夜空を見上げてから、ぽつりと、こう声を漏らした。
「私、憧れたの。日本のアニメでは、メガネをかけた女の子でもヒロインになれるでしょ? だから、もしかしたら私も……って」
「…………」
自分も物語の人物のように、変われるかもしれない。
エヴィはそんな願いを秘めて日本にやってきた。そしてメガネからコンタクトにして、それでいてヲタクであることを隠して。本当の彼女は、いったいどこなのだろうか。それを考えると、知恵熱が出そうになった。
「でもね、杉本くん。私にも、嬉しかったことがあるの!」
「嬉しかった、こと……?」
「うんっ!」
ボクが黙っていると、エヴィは半ば強引にこちらの手を取る。
小さく華奢な手でそれを包み込むと、柔らかい笑顔を浮かべて言うのだった。
「初めて同じ趣味――ヲタクの友達ができたから! ありがとうっ!」
少しだけ、照れくさそうに。
ボクはそんな彼女の表情に思わず、目を奪われてしまった。
いいや。奪われたのは目だけではないのかもしれない。ただ、その確信に至るには時間がまだまだ足りていなかった。
だから、小さく笑い返してからこう答える。
「こちらこそ」――と。
そして、ボクらはその場で別れた。
家路についてボンヤリと、彼女のしていたように夜空を見上げる。すると、ちらりと長く伸びた前髪が目に入った。
「………………」
何も言わずに、それを指でいじって考える。
明日は土曜日。つまるところ、週末であり休日だった。
「よし……!」
そこで、覚悟を決める。
ボクは頬を叩いて、自分に気合を入れたのだった。
◆
――週明けの月曜日。
青葉高校には、微かなどよめきが起きていた。
「え、あの男子……転校生?」
「そんな話、聞いてないけど……」
「だったら、誰なの?」
男女問わずに、そんな声が聞こえてくる。
その渦中にいる男子生徒は、注目に若干居心地が悪いのか眉をひそめた。しかし足は止めず、真っすぐに自分の教室――1年4組へ向かう。
そして、ドアを開く。
周囲のざわめきをよそに、彼は荷物を置くのだった。
――窓際最後列、杉本拓海の席に。
「……う、なんだよ。この反応は」
そこで、いよいよ耐え切れずに彼は言葉を漏らした。
やや長く伸びていた髪は短く切り揃え、メガネも使い古した黒縁のそれからフレームのないものへ。あとは、ほんの少し容姿に気を遣っている程度だった。
そんな彼を見て、誰よりも息を呑んだのは彼女だっただろう。
「…………杉本くん」
今ばかりは主役の座を降りたエヴィ。
彼女は見違えたヲタク仲間を見て、微かに声を震わせたのだった。
――――
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