7.嫌ではないけどベストではない状態。







「いやー! えっちゃん、意外と話が分かるんだね!」

「お、おう……?」



 昼休みになって、弁当を広げて食べようとしていると知紘がやってきた。

 彼女は当たり前のように隣の席に陣取り、元気にそう言って笑う。机をくっつけて向かい合う形になり、自身も弁当を広げていた。

 そして聞くところによると、知紘もそれなりにヲタク知識はあるらしい。

 だから、エヴィとはそれを通じて仲良くなったとかで。



「あまりそれ、大声で言うなよ?」

「分かってるって~」



 ボクの指摘に、知紘はそう答えつつ箸を手に小さくお辞儀。



「それにしても、大変だよね。ヲタ隠し、ってのも」

「まぁ、たしかに」



 食事を開始したところで、ふとそんな会話を振られた。

 こっちはアスパラガスを口に運びつつ、相槌を打つ。すると相手は、少し考えた後にこう言うのだった。



「アタシ、二年に兄貴がいるんだけどさ。そっちはヲタク趣味を理解できないらしくて困るんだよね、ネタが通じない、っていうかさ」

「あぁ、あるある」

「だからさ、えっちゃんの気持ちもなんとなく分かるんだよね。嫌じゃないんだけど、ベストではない、っていうか?」

「うーむ……」



 それを聞いて、ボクも少し考える。

 嫌じゃないけれども『ベストではない』という意味を。

 ボクもエヴィに合わせて、身だしなみを少しだけ気にしてみた。その結果として新しい友達が増えたわけだけど、これは彼女の気持ちに近付いたと言えるのか。

 奇しくも、知紘が言ったような状況が、エヴィの状態を示しているのではないか。

 だとしたら――。



「なぁ、知紘……?」

「どうしたの、たっくん。改まって……え!? もしかして、愛の告白!?」

「違うから。その騒がしい口を閉じて、一回真面目に聞け」

「はいはい。それで?」

「………………」



 ボクは、やや強めのツッコミを入れて。

 咳払い一つしてから、知紘にこのように願い出るのだった。



「その、知紘のお兄さんを紹介してほしいんだ」――と。



 それを聞いて、彼女はポカンとしていた。

 意図の理解などはできないだろう。


 それでも、嫌じゃないけど『ベストではないの経験』をするには、これが一番なのではないかと思ったのだった。







 食事を終えた昼休みの残り時間。

 ボクは日課であるラノベ読書の予定をキャンセルし、知紘と一緒に上級生の教室を目指していた。そしてやってきたのは、2年3組の教室前。

 ドアを前にして、知紘はもう一度ボクに確認した。



「あの、さ……たっくん? 兄貴って遠慮がないから、気を付けてね」

「う、うん」



 曰く、彼女の兄は裏表がない性格である分だけ遠慮がないらしい。

 それは美点であり、欠点でもあると思われた。しかし、そういう相手と話してみることは今後のためにもなる。

 そう思って、ボクは一つ深呼吸をして知紘に頷いてみせた。



「いくよ? ――すみません、天野八紘、いますか?」



 それを合図として、彼女は2年の教室に足を踏み入れて声を上げる。

 すると、間もなく――。



「なんだ! 知紘じゃないか!!」

「あ、兄貴。少し、時間良いかな?」

「いいぞ! どうした!?」



 一人の男子生徒が現れた。

 ガッチリとした体格に、精悍な顔つき。

 おそらくは何かしらの運動部に所属しているのだろう。そんな彼こと天野八紘は、ボクのことを見てこう言うのだった。




「なに!? まさか、知紘に彼氏ができたのか!?」――と。




 早速の勘違いであった。

 どうやらこれは、なかなかに難しい相手らしい。



 ボクは自分で考えた案ながらに、苦戦しそうだと思って苦笑するしかなかった。




 



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