7.嫌ではないけどベストではない状態。
「いやー! えっちゃん、意外と話が分かるんだね!」
「お、おう……?」
昼休みになって、弁当を広げて食べようとしていると知紘がやってきた。
彼女は当たり前のように隣の席に陣取り、元気にそう言って笑う。机をくっつけて向かい合う形になり、自身も弁当を広げていた。
そして聞くところによると、知紘もそれなりにヲタク知識はあるらしい。
だから、エヴィとはそれを通じて仲良くなったとかで。
「あまりそれ、大声で言うなよ?」
「分かってるって~」
ボクの指摘に、知紘はそう答えつつ箸を手に小さくお辞儀。
「それにしても、大変だよね。ヲタ隠し、ってのも」
「まぁ、たしかに」
食事を開始したところで、ふとそんな会話を振られた。
こっちはアスパラガスを口に運びつつ、相槌を打つ。すると相手は、少し考えた後にこう言うのだった。
「アタシ、二年に兄貴がいるんだけどさ。そっちはヲタク趣味を理解できないらしくて困るんだよね、ネタが通じない、っていうかさ」
「あぁ、あるある」
「だからさ、えっちゃんの気持ちもなんとなく分かるんだよね。嫌じゃないんだけど、ベストではない、っていうか?」
「うーむ……」
それを聞いて、ボクも少し考える。
嫌じゃないけれども『ベストではない』という意味を。
ボクもエヴィに合わせて、身だしなみを少しだけ気にしてみた。その結果として新しい友達が増えたわけだけど、これは彼女の気持ちに近付いたと言えるのか。
奇しくも、知紘が言ったような状況が、エヴィの状態を示しているのではないか。
だとしたら――。
「なぁ、知紘……?」
「どうしたの、たっくん。改まって……え!? もしかして、愛の告白!?」
「違うから。その騒がしい口を閉じて、一回真面目に聞け」
「はいはい。それで?」
「………………」
ボクは、やや強めのツッコミを入れて。
咳払い一つしてから、知紘にこのように願い出るのだった。
「その、知紘のお兄さんを紹介してほしいんだ」――と。
それを聞いて、彼女はポカンとしていた。
意図の理解などはできないだろう。
それでも、嫌じゃないけど『ベストではないの経験』をするには、これが一番なのではないかと思ったのだった。
◆
食事を終えた昼休みの残り時間。
ボクは日課であるラノベ読書の予定をキャンセルし、知紘と一緒に上級生の教室を目指していた。そしてやってきたのは、2年3組の教室前。
ドアを前にして、知紘はもう一度ボクに確認した。
「あの、さ……たっくん? 兄貴って遠慮がないから、気を付けてね」
「う、うん」
曰く、彼女の兄は裏表がない性格である分だけ遠慮がないらしい。
それは美点であり、欠点でもあると思われた。しかし、そういう相手と話してみることは今後のためにもなる。
そう思って、ボクは一つ深呼吸をして知紘に頷いてみせた。
「いくよ? ――すみません、天野八紘、いますか?」
それを合図として、彼女は2年の教室に足を踏み入れて声を上げる。
すると、間もなく――。
「なんだ! 知紘じゃないか!!」
「あ、兄貴。少し、時間良いかな?」
「いいぞ! どうした!?」
一人の男子生徒が現れた。
ガッチリとした体格に、精悍な顔つき。
おそらくは何かしらの運動部に所属しているのだろう。そんな彼こと天野八紘は、ボクのことを見てこう言うのだった。
「なに!? まさか、知紘に彼氏ができたのか!?」――と。
早速の勘違いであった。
どうやらこれは、なかなかに難しい相手らしい。
ボクは自分で考えた案ながらに、苦戦しそうだと思って苦笑するしかなかった。
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