12.能ある鷹は爪を隠す。
「な、なんでだよ……!」
斉藤はいま、自分の目の前で起きていることが信じられなかった。
負ける可能性など万に一つ、いいや億に一つもないはず。それなのに、どうして自分は追い詰められているのか理解ができなかった。
緊張で息ができない。
秋も近付き風も心地良くなってきた頃合い。
それなのに真夏の日差しを受けたような汗が、彼の額に吹き出していた。
「どういう、ことだよ……おい、お前ら!? 情けなくないのか!?」
思わず声を荒らげて檄を飛ばすも、倒れた仲間の生徒たちはうずくまったまま。
その中心に立つ相手は、ゆっくりと構えを解いて斉藤を見た。
「もう、覚悟はできてるよね?」
「ひぃ……!?」
相手の言葉に、彼は震え上がる。
どうして、という言葉が頭の中を駆け巡っていた。
どうして自分は、こんな陰キャに恐れを抱いているのか。理由は明白だが、信じられない以上は受け止め切ることができなかった。
だから、斉藤はこう口にする。
その相手――杉本拓海に、震えの止まらない声で。
「お前、何者だよ……!!」――と。
◆
――相手の数は4人。
ひとまず、こいつらを相手にしないと斉藤へは届かない。
ボクは静かに腰を落として、呼吸を整えた。ブランクはあるが、どうにかなる。そう自分に言い聞かせて、メガネを直した。
その時だ。
4人の中の1人が、無駄に大きく振りかぶって拳を繰り出したのは。
「ふっ……!」
これくらい分かりやすいなら、たいしたことはない。
ボクは振り下ろされた拳をいなしつつ、腕を掴んで自分より一回り大きな相手を地面に転がした。完全に不意を打たれた形のそいつは、中途半端な受け身になり、苦悶の声を上げる。
「次……!」
だが、一人を転がしたところで他の三人は怯まなかった。
彼らは順番にボクへと躍りかかると蹴りや拳、果てには頭突きなどという攻撃をしかけてくる。でも、どれもこれも型のない喧嘩に過ぎなかった。
それに三人同時にきてくれるなら、ありがたいことこの上ない。
ボクは一人の攻撃を受け止め、後方から迫っていたもう一人の方へと流した。そうすると、全速力で突っ込んできた者同士が、頭と頭をぶつけ合う。
短い悲鳴を上げて、その二人はその場に倒れた。
残りの一人は、さすがに様子をうかがっているらしい。
「これで、最後……!」
ボクはその相手の懐に潜り込むと、制服をしっかりと掴んで背負った。
そして、そのまま投げる……!
気持ちの良いほどまでに決まった背負い投げは、さすがにダメージがある。
そいつも完全に怯んで、ボクのことを震える瞳で見上げていた。
「どういうことだよ……!!」
「…………」
メガネの位置を直していると、斉藤の声が耳に入ってくる。
彼は明らかに動揺した様子で後退りしていた。
ボクはそんな彼に歩み寄る。
すると、彼はこう口にするのだった。
「お前、何者だよ……!!」
そんな彼に対して、ボクは答える。
「なにって、杉本拓海だよ」
「違う! どうして、陰キャがこんなに強いんだ!?」
「あぁ、そういうことか。たいしたことないよ、ただ――」
一つ、そこで言葉を切って。
「ちょっとだけ、合気道とかをやってただけだから」――と。
合気道三段に、柔道初段。
高校に進学してからは、形だけになっていたもの。
だが、それがここで役に立つとは思いもしなかった。
「な、くそぉ……!?」
ボクの言葉を聞いて、斉藤は泣き出しそうな顔になる。
そして、周囲を見回してから一目散に逃げだすのだった。
「なんだよ。最後の最後は、それかっての……」
ボクは一つ息をついて。
倒れたままの男子たちを介抱した。すると、そこに――。
「杉本くん……!」
「エヴィ……?」
エヴィがいまにも泣き出しそうな顔になりながら、駆け付ける。
彼女だけではなかった。
知紘に未希さん、そして八紘さんの姿もある。
彼らは転がった男子生徒の姿を見ると、少しだけ驚いていた。しかし、すぐに安心したのか小さく笑みを浮かべる。
ただ、エヴィだけは。
我慢していた感情が溢れ出し、いよいよ涙を流し始めてしまった。
「……大丈夫だよ、エヴィ」
「ぐすっ、うぅ……! 杉本くんのばかっ!」
胸に飛び込んでくる彼女を抱きとめて。
ボクは、そっとその頭を撫でた。
こうやって、一つの騒動が終わる。
そして弱虫二人の物語もまた、終焉へと向かうのだった。
――――
こちらもカクヨムコン7に参戦中!
新作ラブコメです!
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「クリスマスに『妹が欲しい』と冗談を言ったら、父親が何故か大喜びをしたんだけど……? ~そして当日、学園の高嶺の花が俺の義妹になりました~」
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