12.能ある鷹は爪を隠す。








「な、なんでだよ……!」




 斉藤はいま、自分の目の前で起きていることが信じられなかった。

 負ける可能性など万に一つ、いいや億に一つもないはず。それなのに、どうして自分は追い詰められているのか理解ができなかった。

 緊張で息ができない。

 秋も近付き風も心地良くなってきた頃合い。

 それなのに真夏の日差しを受けたような汗が、彼の額に吹き出していた。



「どういう、ことだよ……おい、お前ら!? 情けなくないのか!?」



 思わず声を荒らげて檄を飛ばすも、倒れた仲間の生徒たちはうずくまったまま。

 その中心に立つ相手は、ゆっくりと構えを解いて斉藤を見た。



「もう、覚悟はできてるよね?」

「ひぃ……!?」



 相手の言葉に、彼は震え上がる。

 どうして、という言葉が頭の中を駆け巡っていた。

 どうして自分は、こんな陰キャに恐れを抱いているのか。理由は明白だが、信じられない以上は受け止め切ることができなかった。


 だから、斉藤はこう口にする。

 その相手――杉本拓海に、震えの止まらない声で。




「お前、何者だよ……!!」――と。









 ――相手の数は4人。

 ひとまず、こいつらを相手にしないと斉藤へは届かない。

 ボクは静かに腰を落として、呼吸を整えた。ブランクはあるが、どうにかなる。そう自分に言い聞かせて、メガネを直した。


 その時だ。

 4人の中の1人が、無駄に大きく振りかぶって拳を繰り出したのは。



「ふっ……!」



 これくらい分かりやすいなら、たいしたことはない。

 ボクは振り下ろされた拳をいなしつつ、腕を掴んで自分より一回り大きな相手を地面に転がした。完全に不意を打たれた形のそいつは、中途半端な受け身になり、苦悶の声を上げる。



「次……!」



 だが、一人を転がしたところで他の三人は怯まなかった。

 彼らは順番にボクへと躍りかかると蹴りや拳、果てには頭突きなどという攻撃をしかけてくる。でも、どれもこれも型のない喧嘩に過ぎなかった。


 それに三人同時にきてくれるなら、ありがたいことこの上ない。

 ボクは一人の攻撃を受け止め、後方から迫っていたもう一人の方へと流した。そうすると、全速力で突っ込んできた者同士が、頭と頭をぶつけ合う。


 短い悲鳴を上げて、その二人はその場に倒れた。

 残りの一人は、さすがに様子をうかがっているらしい。



「これで、最後……!」



 ボクはその相手の懐に潜り込むと、制服をしっかりと掴んで背負った。

 そして、そのまま投げる……!



 気持ちの良いほどまでに決まった背負い投げは、さすがにダメージがある。

 そいつも完全に怯んで、ボクのことを震える瞳で見上げていた。




「どういうことだよ……!!」

「…………」




 メガネの位置を直していると、斉藤の声が耳に入ってくる。

 彼は明らかに動揺した様子で後退りしていた。



 ボクはそんな彼に歩み寄る。

 すると、彼はこう口にするのだった。



「お前、何者だよ……!!」





 そんな彼に対して、ボクは答える。





「なにって、杉本拓海だよ」

「違う! どうして、陰キャがこんなに強いんだ!?」

「あぁ、そういうことか。たいしたことないよ、ただ――」




 一つ、そこで言葉を切って。





「ちょっとだけ、合気道とかをやってただけだから」――と。






 合気道三段に、柔道初段。

 高校に進学してからは、形だけになっていたもの。

 だが、それがここで役に立つとは思いもしなかった。



「な、くそぉ……!?」




 ボクの言葉を聞いて、斉藤は泣き出しそうな顔になる。

 そして、周囲を見回してから一目散に逃げだすのだった。




「なんだよ。最後の最後は、それかっての……」




 ボクは一つ息をついて。

 倒れたままの男子たちを介抱した。すると、そこに――。




「杉本くん……!」

「エヴィ……?」




 エヴィがいまにも泣き出しそうな顔になりながら、駆け付ける。


 彼女だけではなかった。

 知紘に未希さん、そして八紘さんの姿もある。

 彼らは転がった男子生徒の姿を見ると、少しだけ驚いていた。しかし、すぐに安心したのか小さく笑みを浮かべる。


 ただ、エヴィだけは。

 我慢していた感情が溢れ出し、いよいよ涙を流し始めてしまった。



「……大丈夫だよ、エヴィ」

「ぐすっ、うぅ……! 杉本くんのばかっ!」



 胸に飛び込んでくる彼女を抱きとめて。

 ボクは、そっとその頭を撫でた。




 こうやって、一つの騒動が終わる。

 そして弱虫二人の物語もまた、終焉へと向かうのだった。






 

――――

こちらもカクヨムコン7に参戦中!

新作ラブコメです!

面白い、続きが気になると思っていただけましたら作品フォローや、☆での評価、応援などよろしくお願いいたします!!

創作の励みとなります!!


「クリスマスに『妹が欲しい』と冗談を言ったら、父親が何故か大喜びをしたんだけど……? ~そして当日、学園の高嶺の花が俺の義妹になりました~」


https://kakuyomu.jp/works/16816927859090617894

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る