2.騒がしい女子、知紘の登場。
――放課後になった。
帰りのホームルームが終了し、クラスメイトは部活などに散っていく。
今日は一日、ずっと同級生からの質問攻めに遭っていたが、それもこの時間帯になればピークを過ぎていた。だから諸々加味しても、エヴィに話しかけるのなら、このタイミングをおいて他にないだろう。
「なぁ、エヴ――」
そう思って、ボクは荷物を片付ける彼女に声をかけようとした。
そのタイミングで――。
「たっくん! いっしょに帰ろう?」
「――いぃ!?」
なにやら、右腕に柔らかい感触がぶつかった!?
ボクは思わず奇声を上げて、その正体を確認。すると、そこにいたのは昼休み、他の生徒を押し退けて数多くの質問を投げてきた女子だった。
名前はたしか、えっと……。
「んー!? ひどいなぁ、あんなにアピールしたのに。アタシの名前は、
「え、あー……そっか。天野さん」
そう、彼女の名前は天野知紘。
小動物のような外見通り、人懐っこい印象を受ける女子生徒だった。童顔で小柄、しかし出るところは出ている。ギャップが凄いタイプだ。
そんな彼女が、ボクにいったい何の用だろうか。
「むぅ~! 下の名前で呼んでほしいな、たっくん?」
「えぇ……?」
それを訊ねるより先に、あからさまに媚びた上目遣いでそう言う知紘。
ボクは少しばかりため息をついて、仕方なしに名前を口にした。
「それで、知紘はボクになんの用なの……?」
「えへへー! 別に、なにも? ただ一緒に帰りたいな、って!」
「はいぃ……?」
すると返ってきたのは、朗らかながらも強制力を感じる言葉だ。
一緒に帰る……? ボクが、この子と。なんで?
「どうしてなんだ。理由を教えてよ」
「えへへー! それはぁ――」
疑問が頭の中を渦巻く中で訊ねると、知紘は元気いっぱいに答えた。
その発育の良い胸をより強く、ボクの腕にあてがいながら。
「一目惚れしちゃったからなのですっ!」――と。
◆
――エヴィと帰りたかったのに……。
知紘と話しているうちに、気付けば彼女は帰ってしまっていた。
話したいことはあったものの、家に押し掛けるのは違う。一応の連絡先は交換していたが、それを使って話すにしては重要な内容にも思えてしまった。
だから大きなため息をついて、肩を落としていると……。
「むむむぅ! たっくん、違う女の子のこと考えてたでしょ!?」
「え、あぁ……いや。そんなことは、ないけど」
「嘘だぁ!? 顔に書いてあるもん!!」
「えぇ……?」
まさしく子供そのもののように、頬を膨らした知紘が駄々をこねた。
しかしながら、女の勘というのは恐ろしいのだろう。エヴィのことを考えていたのは、見事なまでに言い当てられていた。だから、なんともバツが悪い。
そう思っていることさえ見透かしているのか、彼女はこう言うのだった。
「これはー……なにか、奢ってもらわないと、だね!」
「どうしてそうなる……?」
ボクは呆れ、ほぼノータイムでツッコむ。
このような事態になっているのは、ボクにとっては不本意極まりない。それなのに、巻き込んだ彼女になにゆえ奢らなければならないのか。
そう考えていると、またも膨れっ面の知紘は文句を口にするのだった。
「ぶーっ! そんなノリが悪いと、女の子にモテないぞ?」
「別にボクは、モテたいわけでは……」
「良いから! ほら、一緒にアイス食べよう!」
「………………えぇ……?」
なんだろう、この女子は。
いいや。これは女子というよりも、女児か。
そんなどうでも良いことを考えながら、ボクはもうされるがままに手を引かれ、アイスショップの前に置かれたベンチに腰かけた。
そして、知紘が選んだアイスを手渡される。
なお、料金はしっかり取られた。
「おいしーね!」
「そうだな……」
――もう、どうにでもなれ。
そう思ってボクは、受け取ったバニラアイスを口に運ぶ。
ほとんど無気力に食べ進めていると、不意に知紘がこちらを見て言うのだった。
「ね、ねえ……? たっくん」
「ん、どうしたー……?」
「えっとー……」
急にしおらしい態度になって。
ボクは「トイレでも行きたいのか?」という言葉を呑み込みながら、彼女の次の言葉を待った。すると、その口から出てきたのは――。
「アタシと、付き合って……くれないかな?」
まさかの、告白だった。
◆
――一方その頃。
エヴィは一人の男子生徒に、校舎裏へと呼び出されていた。
ブレザーのネクタイの色から見るに、上級生だろう。精悍な顔立ちの彼は、真っすぐに彼女を見つめて、深々と頭を下げた。そして、
「俺と、付き合ってください……!」
こちらも、なんと真っすぐな告白。
だが、しかし――。
「あー……」
エヴィは、明らかに困った様子で笑いながら頬を掻くのだった。
離れた場所にいる拓海とエヴィ。
そんな彼らを取り巻く人間模様は、少しずつ変化を始めていた……。
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