2.騒がしい女子、知紘の登場。







 ――放課後になった。


 帰りのホームルームが終了し、クラスメイトは部活などに散っていく。

 今日は一日、ずっと同級生からの質問攻めに遭っていたが、それもこの時間帯になればピークを過ぎていた。だから諸々加味しても、エヴィに話しかけるのなら、このタイミングをおいて他にないだろう。



「なぁ、エヴ――」



 そう思って、ボクは荷物を片付ける彼女に声をかけようとした。

 そのタイミングで――。



「たっくん! いっしょに帰ろう?」

「――いぃ!?」



 なにやら、右腕に柔らかい感触がぶつかった!?

 ボクは思わず奇声を上げて、その正体を確認。すると、そこにいたのは昼休み、他の生徒を押し退けて数多くの質問を投げてきた女子だった。


 名前はたしか、えっと……。



「んー!? ひどいなぁ、あんなにアピールしたのに。アタシの名前は、知紘ちひろだよ! 天野知紘!!」

「え、あー……そっか。天野さん」



 そう、彼女の名前は天野知紘。

 小動物のような外見通り、人懐っこい印象を受ける女子生徒だった。童顔で小柄、しかし出るところは出ている。ギャップが凄いタイプだ。

 そんな彼女が、ボクにいったい何の用だろうか。



「むぅ~! 下の名前で呼んでほしいな、たっくん?」

「えぇ……?」



 それを訊ねるより先に、あからさまに媚びた上目遣いでそう言う知紘。

 ボクは少しばかりため息をついて、仕方なしに名前を口にした。



「それで、知紘はボクになんの用なの……?」

「えへへー! 別に、なにも? ただ一緒に帰りたいな、って!」

「はいぃ……?」



 すると返ってきたのは、朗らかながらも強制力を感じる言葉だ。

 一緒に帰る……? ボクが、この子と。なんで?



「どうしてなんだ。理由を教えてよ」

「えへへー! それはぁ――」



 疑問が頭の中を渦巻く中で訊ねると、知紘は元気いっぱいに答えた。

 その発育の良い胸をより強く、ボクの腕にあてがいながら。




「一目惚れしちゃったからなのですっ!」――と。









 ――エヴィと帰りたかったのに……。



 知紘と話しているうちに、気付けば彼女は帰ってしまっていた。

 話したいことはあったものの、家に押し掛けるのは違う。一応の連絡先は交換していたが、それを使って話すにしては重要な内容にも思えてしまった。

 だから大きなため息をついて、肩を落としていると……。



「むむむぅ! たっくん、違う女の子のこと考えてたでしょ!?」

「え、あぁ……いや。そんなことは、ないけど」

「嘘だぁ!? 顔に書いてあるもん!!」

「えぇ……?」



 まさしく子供そのもののように、頬を膨らした知紘が駄々をこねた。

 しかしながら、女の勘というのは恐ろしいのだろう。エヴィのことを考えていたのは、見事なまでに言い当てられていた。だから、なんともバツが悪い。

 そう思っていることさえ見透かしているのか、彼女はこう言うのだった。



「これはー……なにか、奢ってもらわないと、だね!」

「どうしてそうなる……?」



 ボクは呆れ、ほぼノータイムでツッコむ。

 このような事態になっているのは、ボクにとっては不本意極まりない。それなのに、巻き込んだ彼女になにゆえ奢らなければならないのか。

 そう考えていると、またも膨れっ面の知紘は文句を口にするのだった。



「ぶーっ! そんなノリが悪いと、女の子にモテないぞ?」

「別にボクは、モテたいわけでは……」

「良いから! ほら、一緒にアイス食べよう!」

「………………えぇ……?」



 なんだろう、この女子は。

 いいや。これは女子というよりも、女児か。

 そんなどうでも良いことを考えながら、ボクはもうされるがままに手を引かれ、アイスショップの前に置かれたベンチに腰かけた。

 そして、知紘が選んだアイスを手渡される。

 なお、料金はしっかり取られた。



「おいしーね!」

「そうだな……」



 ――もう、どうにでもなれ。

 そう思ってボクは、受け取ったバニラアイスを口に運ぶ。

 ほとんど無気力に食べ進めていると、不意に知紘がこちらを見て言うのだった。




「ね、ねえ……? たっくん」

「ん、どうしたー……?」

「えっとー……」




 急にしおらしい態度になって。

 ボクは「トイレでも行きたいのか?」という言葉を呑み込みながら、彼女の次の言葉を待った。すると、その口から出てきたのは――。








「アタシと、付き合って……くれないかな?」




 まさかの、告白だった。



 




 ――一方その頃。

 エヴィは一人の男子生徒に、校舎裏へと呼び出されていた。

 ブレザーのネクタイの色から見るに、上級生だろう。精悍な顔立ちの彼は、真っすぐに彼女を見つめて、深々と頭を下げた。そして、



「俺と、付き合ってください……!」



 こちらも、なんと真っすぐな告白。

 だが、しかし――。




「あー……」




 エヴィは、明らかに困った様子で笑いながら頬を掻くのだった。




 


 離れた場所にいる拓海とエヴィ。

 そんな彼らを取り巻く人間模様は、少しずつ変化を始めていた……。



 



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