10.放課後の罠。
――その日の放課後に、事件は起きた。
「これは、いわゆるリンチ、ってやつかな?」
「人聞きが悪いな、杉本。オレらはただ、相談しにやってきたんだよ」
「偽物のラブレターを作ってまで? だったら、直接言えよ」
「うるせぇな、陰キャが生意気な口利いてんじゃねぇぞ?」
ラブレターの指定通り、ボクは校舎裏に向かった。
そして待つこと数分。その場に現れたのは力自慢の同級生たち、そして先頭には斉藤が腕組しながらふんぞり返っていた。
どうやら、嵌められたらしい。
知紘が『斉藤に気を付けろ』と言っていたが、こんなに早いとは思わなかった。
「さすがに、この人数は……」
「は? なにお前、勝つつもりなの? 馬鹿じゃねぇの」
「いいや。勝てないよ、斉藤一人ならまだしも、な」
「てめぇ……」
逃げ道は塞がれている。
ここは、下手に抵抗するよりも時間を稼ぐべきだった。
だからボクは、煽り口調を交えつつ会話を引き延ばすのだ。
「それで、もう良いだろ。いい加減、用件を教えてくれ」
「……ったく。陰キャのクセに、偉そうなこと言いやがって。ちょっとみんなにチヤホヤされたからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ? 分かってんのか」
「はいはい。もう、それ良いから。僻み乙」
「ちっ……!」
相手も頭に血が上り始めている。
しかし、積極的に手出ししないのは奴がサッカー部のレギュラーだからだ。もしも、こんな場所で暴力沙汰を起こそうものなら、その地位を剥奪される。
話し合い、と表現したのはそういうことだ。
数的有利を作ることで、相手を自分の言いなりにしようとしている。
「ホントに、口だけは立派な奴。――口八丁で、エヴィも落としたんだろ?」
「は……? なにそれ」
さて、そう考えていると。
なにやら斉藤は、勝手に変なことを言い始めた。
ボクは思わず訊き返す。すると彼は、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「エヴィはオレたちのグループで、楽しく過ごしてたんだよ。それなのにお前が、頭のおかしなアニメの知識とかを吹き込んだ。そのせいで、エヴィはオレらと話す時間が減ったんだ」
「はー……なるほど?」
その理屈は、まったくもって屁理屈。
要するに斉藤および、ここにいる奴らは、自分がエヴィに構ってもらえなくなったことが悔しいだけなのだ。そして自分本位な言動が原因であるにもかかわらず、ボクのことをスケープゴートにしようとしている。
もっとも、それに自覚があるかどうかは謎だけれど。
「なにが、なるほどだよ。……それで? 答えを聞かせてもらおうか」
斉藤はそう言うと、一歩こちらに踏み出した。
いつでも殴りかかれるような姿勢。ボクも少しだけ身構えて、しかし――。
「悪いけど、断るよ。ボクは、エヴィの傍にいる」
譲りはしなかった。
彼女の隣に、こんな奴らは置いておけない。
何故ならボクは、エヴィの幸せな学校生活を守りたかったから。彼女が彼女らしく、自由に学校で笑える場所を作りたかった。
だから、ボクはここで引くわけにはいかない。
「けっ……そうかよ。おい、やっちまおうぜ」
ボクの答えを聞いて、ついに斉藤が周囲の生徒に指示を出した。
こうなっては勝ち目は少ない。そう思った。
だけど、その時――。
「待ちなよ、そこの一年坊主たち」
聞き覚えのない女子生徒の声が、耳に届いた。
全員がその声のした方を見る。すると、そこにいたのは――。
「あん? なんだ、てめぇ……」
「一人相手に大人数で、って喧嘩は見てて気分が悪いんだよ」
一人の上級生らしき女子生徒。
髪を茶髪に染め、メイクはばっちり。顔立ちも整っている美人だった。
彼女はゆっくりとボクらの間に割って入ると、ジッと斉藤に睨みを利かす。その上で、不機嫌そうにこう言うのだった。
「アンタ、サッカー部の斉藤だろ?」
「だったら、なんだよ――って、いてぇ!?」
無遠慮に、彼の前髪を掴んだ女子生徒。
彼女は低い声で、彼に告げた。
「ウチさ、サッカー部の小宮と仲が良いんだよね。担任は、江藤」
「小宮キャプテン!? そ、それに江藤って顧問の……!」
「ここでの騒ぎ、どう報告しようか。その二人に、さ」
「くっ……!?」
その言葉に、斉藤は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
動揺しているのは彼一人ではない。
「他にも、運動部の一年が多いみたいだけど。ウチの友達ってさ、運動部のキャプテン多いんだよねぇ?」
もしかしたら、一部は彼女に見覚えがあるのかもしれない。
次第に周囲の生徒の顔が青ざめていった。そして、
「くそ、逃げるぞ!」
斉藤の号令と同時。
ボクたちを取り囲んでいた生徒たちは、散り散りになっていくのだった。
――――
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