9.弱虫だった、女の子は。








 ――私は、とても弱虫でした。



 常に周囲の人の目を気にしていたし、自分というものに自信がなかったし。

 それは、もしかしたら今でも変わらないのかもしれない。それでも、あの人に出会ったから、私は前を向いて歩いてみようと思った。


 そしてある時に、彼にも似たような傷があることを知りました。

 私はそんな状態でも誰かを気遣う、そんな彼のことが好きになりました。自分は一人じゃない、辛さを分け合える存在はすぐ傍にいる。ちょっとだけ不謹慎かもしれないけど、そう思えたのは初めてだったかもしれない。


 そして今、そんな彼が私を守って傷つこうとしている。

 今までたくさんの勇気と思い出をくれた。そんな彼のために、そして他の誰でもない私のために。そう決めて、私はこの舞台に立つことを選んだ。



「…………」



 名前を口にして、喉が渇いているのが分かる。

 胸が緊張でドキドキ言っている。

 呼吸が小刻みになっている。



「…………」



 視線を前に向ければ、全校生徒が私のことを見ていた。

 大好きなアニメのコスプレをした私。きっと、学校のみんなが思い描いていた私とは、かけ離れた印象の私だ。だけど――。



「ふぅ……」



 ――これが本当の私、エヴィ・ミュラー。


 もう、隠すつもりなんてない。

 もう、逃げるつもりもない。


 だから私はマイクに向かって、こう言うのだ。

 それは、弱虫だった自分との決別。





 そして、私という存在をみんなに教えてあげるための言葉だった。











『みなさん、驚かれたと思います。私がこうやって日本語を話していることも、アニメのキャラクターのコスプレをしていることも』



 エヴィは騒然とする生徒たちに、そう語り掛け始めた。

 誰もが息を呑んで、彼女の言葉に耳を傾ける。



『まずは、今まで黙っていてごめんなさい。日本語が話せないフリをしていたのは、私自身のトラウマが原因でした。過去にいじめを受けて、引きこもっていた私。そんな私の本当を、みなさんに知られるのが怖かったんです』



 静まり返る体育館。

 その中で、エヴィは時々に声を震わせながら。

 ただ、それでも前をしっかりと見て、言葉を紡いでいった。



『本当の私は、毎日のようにアニメなどのサブカルに触れている女の子です。ライトノベルやゲームも大好きで、それらに救われていました。日本にやってきたのは、そんなアニメに出てくるヒロインのように、強く生きることができるのでは、と思っていたからでした』



 エヴィは日本のアニメに出てくる『強い女の子』に憧れた。

 彼女たちのように生きることができたら、どれだけ楽しいのだろう、と。



『それでも、日本にきた私はまだまだ弱虫でした。場所が変わっただけで、肝心の自分が変わってなかったんです。自分に自信がなくて、勇気も持てない。だから、本当の気持ちをみなさんに伝えることができなかった』



 クラスで人気者になっても、どこか孤独を感じていたエヴィ。

 だけど、いつしかそれは変わっていった。



『でも、そんな時に私はある人と友達になりました。その人は私と同じような傷を持っていながらも、自分があって、誰かのために動ける人でした。そんな彼と、そしてもう一人の大好きな友人と過ごすうちに、私も前を向けるようになったんです』



 彼女と出会ってからの日々を思い出す。

 最初は困惑したけれど、距離が縮まるうちにそれはなくなった。

 むしろ、ボクはエヴィのためになりたいと思うようになった。そして、彼女が変われる手伝いがしたい、自分もまた前に進みたい、と。



『その人がいたから、私はいま、ここにいます。本当の自分をみなさんに、そして大切なその人に見せようと思えたのです』



 胸が熱くなった。

 目頭も、頬も熱く、そして全身が震える。

 いつの間にか、ボクの頬には一筋の涙が伝っていた。



『みなさん、これが本当の私です。私はヲタクです。私はアニメが大好き』



 そう続けた彼女は、しかし最後に大きく息を吸い込む。






『でも、それ以上に――』






 そしてエヴィは、ボクと同じように瞳を潤ませながら叫んだのだった。



























『杉本拓海くんが、大好きですっ!!』――と。

















 それは体育館にまったく隙間なく響き渡った。

 全校生徒が驚き、唖然として、どうすれば良いのか分からないでいる。

 そして、杉本拓海という男子が誰なのか、それを探そうとし始めた。だが――。






「素晴らしい! 実に、素晴らしいじゃないか!!」






 ――聞き覚えのある快活な声が、マイクの音量に負けないくらい響く。


 声の主は、天野八紘。

 野球部のキャプテンであり、校内でも有名な人物だった。

 彼は何度も頷きながら、素晴らしいと口にして、最後に拍手をし始める。



「そ、そうだな……」

「すごいよ、エヴィさん!」

「勇気だしたんだね! おめでとう!!」



 すると、次第にそんな声が広がって。

 八紘さんに続くようにして、拍手が鳴り響いていった。誰もが文句なしに、エヴィの勇気をたたえたのである。

 そして同時に、彼女という人柄や人物像も塗り替えられていった。




「よかった。……エヴィ、本当に……!」




 気付けばボクは、ステージの上で手を振る彼女を見ながら大粒の涙を流していた。


 だって、仕方ないじゃないか。

 こんなにも嬉しいことは、本当に初めてだったのだから。








 胸の空くような思い。

 それを感じながら、ボクもまたゆっくりと拍手を始めるのだった。










 

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