9.弱虫だった、女の子は。
――私は、とても弱虫でした。
常に周囲の人の目を気にしていたし、自分というものに自信がなかったし。
それは、もしかしたら今でも変わらないのかもしれない。それでも、あの人に出会ったから、私は前を向いて歩いてみようと思った。
そしてある時に、彼にも似たような傷があることを知りました。
私はそんな状態でも誰かを気遣う、そんな彼のことが好きになりました。自分は一人じゃない、辛さを分け合える存在はすぐ傍にいる。ちょっとだけ不謹慎かもしれないけど、そう思えたのは初めてだったかもしれない。
そして今、そんな彼が私を守って傷つこうとしている。
今までたくさんの勇気と思い出をくれた。そんな彼のために、そして他の誰でもない私のために。そう決めて、私はこの舞台に立つことを選んだ。
「…………」
名前を口にして、喉が渇いているのが分かる。
胸が緊張でドキドキ言っている。
呼吸が小刻みになっている。
「…………」
視線を前に向ければ、全校生徒が私のことを見ていた。
大好きなアニメのコスプレをした私。きっと、学校のみんなが思い描いていた私とは、かけ離れた印象の私だ。だけど――。
「ふぅ……」
――これが本当の私、エヴィ・ミュラー。
もう、隠すつもりなんてない。
もう、逃げるつもりもない。
だから私はマイクに向かって、こう言うのだ。
それは、弱虫だった自分との決別。
そして、私という存在をみんなに教えてあげるための言葉だった。
◆
『みなさん、驚かれたと思います。私がこうやって日本語を話していることも、アニメのキャラクターのコスプレをしていることも』
エヴィは騒然とする生徒たちに、そう語り掛け始めた。
誰もが息を呑んで、彼女の言葉に耳を傾ける。
『まずは、今まで黙っていてごめんなさい。日本語が話せないフリをしていたのは、私自身のトラウマが原因でした。過去にいじめを受けて、引きこもっていた私。そんな私の本当を、みなさんに知られるのが怖かったんです』
静まり返る体育館。
その中で、エヴィは時々に声を震わせながら。
ただ、それでも前をしっかりと見て、言葉を紡いでいった。
『本当の私は、毎日のようにアニメなどのサブカルに触れている女の子です。ライトノベルやゲームも大好きで、それらに救われていました。日本にやってきたのは、そんなアニメに出てくるヒロインのように、強く生きることができるのでは、と思っていたからでした』
エヴィは日本のアニメに出てくる『強い女の子』に憧れた。
彼女たちのように生きることができたら、どれだけ楽しいのだろう、と。
『それでも、日本にきた私はまだまだ弱虫でした。場所が変わっただけで、肝心の自分が変わってなかったんです。自分に自信がなくて、勇気も持てない。だから、本当の気持ちをみなさんに伝えることができなかった』
クラスで人気者になっても、どこか孤独を感じていたエヴィ。
だけど、いつしかそれは変わっていった。
『でも、そんな時に私はある人と友達になりました。その人は私と同じような傷を持っていながらも、自分があって、誰かのために動ける人でした。そんな彼と、そしてもう一人の大好きな友人と過ごすうちに、私も前を向けるようになったんです』
彼女と出会ってからの日々を思い出す。
最初は困惑したけれど、距離が縮まるうちにそれはなくなった。
むしろ、ボクはエヴィのためになりたいと思うようになった。そして、彼女が変われる手伝いがしたい、自分もまた前に進みたい、と。
『その人がいたから、私はいま、ここにいます。本当の自分をみなさんに、そして大切なその人に見せようと思えたのです』
胸が熱くなった。
目頭も、頬も熱く、そして全身が震える。
いつの間にか、ボクの頬には一筋の涙が伝っていた。
『みなさん、これが本当の私です。私はヲタクです。私はアニメが大好き』
そう続けた彼女は、しかし最後に大きく息を吸い込む。
『でも、それ以上に――』
そしてエヴィは、ボクと同じように瞳を潤ませながら叫んだのだった。
『杉本拓海くんが、大好きですっ!!』――と。
それは体育館にまったく隙間なく響き渡った。
全校生徒が驚き、唖然として、どうすれば良いのか分からないでいる。
そして、杉本拓海という男子が誰なのか、それを探そうとし始めた。だが――。
「素晴らしい! 実に、素晴らしいじゃないか!!」
――聞き覚えのある快活な声が、マイクの音量に負けないくらい響く。
声の主は、天野八紘。
野球部のキャプテンであり、校内でも有名な人物だった。
彼は何度も頷きながら、素晴らしいと口にして、最後に拍手をし始める。
「そ、そうだな……」
「すごいよ、エヴィさん!」
「勇気だしたんだね! おめでとう!!」
すると、次第にそんな声が広がって。
八紘さんに続くようにして、拍手が鳴り響いていった。誰もが文句なしに、エヴィの勇気をたたえたのである。
そして同時に、彼女という人柄や人物像も塗り替えられていった。
「よかった。……エヴィ、本当に……!」
気付けばボクは、ステージの上で手を振る彼女を見ながら大粒の涙を流していた。
だって、仕方ないじゃないか。
こんなにも嬉しいことは、本当に初めてだったのだから。
胸の空くような思い。
それを感じながら、ボクもまたゆっくりと拍手を始めるのだった。
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