#03 ヒメカ、人生最大の失態






 学校からの帰り道、私は一人で歩いていた。辺りはすでに暗くなり始めている。

 生徒会がある日は、どうしても遅くなってしまうし、帰りも一人になってしまう。


 だからいつもこういう時は警戒しながら歩く。


 すれ違う人、前を歩く人、そして背後を歩く人。



 この日は、背後に怪しい気配を感じた。


 私は平静を装いながらカーブミラーで背後を歩く人物を確認する。


 帽子を被り全身黒づくめの成人男性。

 如何にも怪しい。



 私は警戒しながらも、もし襲って来た場合どうやって撃退するかをイメージする。


 身の安全を考えると、一撃で相手の意識を奪うべきだろう。


 となると、手技よりも打撃の強い足技が有効だ。


 それに私自身足技のが得意だ。



 歩きながら何度も回し蹴りを相手の左側頭部に入れるイメージをしていると、公園の前に差し掛かる。


 すると、背後の足音が早まり気配が近づいてきた。



 来た!



 私は近づく足音でタイミングを見計らい、振り向きざまに渾身の回し蹴りを放ち、着地と同時に反撃に備える。



 しかし、私の蹴りを受け倒れたのは、先ほどミラーで確認した不審者とは別の少年だった。


 不審者は、腰を抜かしたかのように地面に尻もちを付いている。



 しまった!

 別の人に蹴りを入れてしまった!


 少年は白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

 試合でよく見かける光景だが、ここは道場ではない。ただの道端で、相手は素人だ。


 不味い!

 素人相手にやってしまった!


 慌てて駆け寄ろうとすると、1匹のビーグル犬が私よりも先に少年に駆け寄り、私に向かって吠え始めた。


 少年が心配ですぐにでも意識の確認をしたいが、犬がそれを許してくれない。


 オロオロしながら何とか犬を宥めようとするが、噛みついてきそうな勢いで物凄く怒っている。


 不審者は、そんな犬の怒りに怯えたのか、走って逃げて行った。



 不味い!不味い!不味い!


 慌てる私

 威嚇する犬

 涎を垂らして道端に横たわる少年


「ワンちゃんお願い!何もしないから大人しくして!」

 泣きそうになりながら犬に向かって必死に懇願するが、犬の怒りは全く収まらない。


 どうしよ、どうしよ、どうしよ



 少年が失神してからどれほど経過しただろう

 2分か3分か

 不味い、本当に大変なことになりかねない


 更に焦り始めると、少年が体を起こした。


 思わず安堵してしまい、息を吐きだした。



『ドズル、吠えたらダメだよ。怖がってるでしょ、こっちにおいで』


 少年は、蹴りを入れた私に怒るでもなく、まず最初に犬を宥めた。

 私があれほど宥めようとしても一切言うことを聞かなかった犬は、少年の一言で大人しくなり、少年に抱き着くように駆け寄った。



「ごめんなさい! 痴漢と間違えました・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」


『不審者居ませんでした? 何かされたりしませんでした? 大丈夫ですか?』


 相変わらず少年は私に怒りを向けず、逆に私の心配をし始めた。

 その少年の態度に、私は罪悪感を強める。


 少年は2、3言葉を交わすと、立ち上がろうとする。

 案の定フラついて立ち上がれない。


「だ、大丈夫ですか!? 無理したらダメです!」


 それでも少年は立ち上がった。


 す、凄い・・・


 私の蹴りを喰らって伸びた人は過去に何人も居たけど、こんなに直ぐに立ち上がった人は見たことがない。

 この人も何か武道をしているのだろうか?


 そんな場違いなことを考え現実逃避していると、少年に名前を呼ばれた。


『僕のことよりも、もう暗い時間だから早く帰った方がいいですよ? 確か漆原さんですよね? ココからお家は近いんですか?』


 私のことを知っている人・・・同じ学校の生徒?

 改めて少年の顔を見つめる・・・


「え? ・・・・あ、確か・・・森山くん?」


『ええ、そうです・・・』



 なんてことだ・・・

 人生最大の失態をした相手がクラスメイトだなんて・・・


 更に落ち込む私を他所に、森山くんが私をお家まで送ってくれることになった。


 二人で並んで歩くけど、お互い無言。



 走って逃げだしたいくらいの羞恥に耐えながら、何とかお家までたどり着く。


「ここがお家です・・・今日はすみませんでした・・・送ってくれてありがとうございます」


『いえ、コチラこそ余計なお節介でした・・・すみません。それじゃあ』


 先ほどまで私に優しい態度だった森山くんは、別人の様にそっけない態度で、私から顔を背けたままそそくさと帰って行った。



 彼の背中を見送り玄関に入ろうとして、今更気が付く。


 そのまま帰してどうするのよ!

 ナニしてるのよ!わたしは!

 怪我させたんだからお家に上がってもらって治療しないとダメじゃない!


 慌ててスマホを取り出して、クラスのグループチャットで森山くんにメッセージを送ろうとするも、そのグループに森山くんのアカウントは無かった。



 そうだ、森山くんは教室ではいつも一人で、誰とも交流とかしない子だった。


 ああ、もう今日はなんて日なんだろう

 全てがダメダメだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る