#60 開雲見日



 その後、30分程近況の話をしたあと、カスミは帰って行った。


 帰り際に「スマホの連絡先交換してもいい?」と頼まれたので、『いいよ』と応じた。



 カスミを送り出した後、部屋から出て来たハルコに色々聞かれたけど、『多分、仲直り出来たと思う。 心配かけてごめんな』と言うと「別にいいけど・・・」と何やら不満そうだったけど、それ以上は何も言われなかった。





 暗くなり始めていたので、懐中電灯を持ってドズルの散歩に出かける。



 歩きながら漆原さんのことを考えていた。



 今の漆原さんは、以前に比べ距離を感じるけど、嫌われているようには感じない。


 週に2回は手作り弁当を作ってくれているし、生徒会のある日は一緒に帰るし、ちゃんと会話が出来ている。


 教室での会話は、全くゼロでは無いけど、元々周りの目を気にしていたのもあって、特に多くも少なくも無いか。


 メールや通話はほとんど無くなったかな。

 放課後の漆原さんは道場に通い詰めだから、きっとそんな時間は無いのだろう。



 小学校に到着し、ドズルを解放してから最近日課になっている空手の型の練習を始める。


 頭の中に漆原さんに見せてもらったお手本をイメージしながら、同じ動作を繰り返す。




 ふと、気が付く。


 さっきからずっと漆原さんのことしか考えてない。


 つい先ほど、絶縁状態だった幼馴染のカスミと和解したばかりだと言うのに、カスミのことより漆原さんのことしか考えていない。




 僕にとって、漆原さんとはそういう存在なんだ。

 一緒に居る時間が楽しくて、放っておけなくて、いつも僕の心の大半を占めている憧れの女性。


 今まで自分の中のネガティブな部分が、それを認めようとせず、また漆原さんの好意に気が付いてからも、失恋したと決めつけ一人で勝手に落ち込んでいた。


 でも、それって、逃げてただけじゃないのだろうか。


 漆原さんのことが好きなくせに、僕は一度だってその気持ちを伝えたことは無いじゃないか。

 漆原さんは直接的な言葉では無かったけど、「覚悟がある」と言って僕への想いを伝え様としてくれた。

 それ以前だって、態度や行動で僕への好意を何度も示してくれていた。


 僕はただ受け身になってそれに甘え、結局自分からは何も行動しないままだった。



 先ほどのカスミの言葉が今の自分と重なる。


「私が何も言わないでもいつもイチローが先回りして色々やってくれてた。 私はただそれを受け身でやってもらうだけで、それが当たり前になってて―――」


 まさしく僕と漆原さんの関係だ。


 積極的に僕に好意を示してくれる漆原さんに、ただそれを受け身で甘え、当たり前に感じていた僕。



 今までの自分の何がダメだったかハッキリした。


 僕の最大の問題点は、漆原さんへの気持ちを隠して見せずにずっと受け身で過ごしてきたこと。


 そして、今の自分に必要なのは、僕の気持ちを漆原さんへ伝えることだ。


 もう手遅れかもしれないし、今更伝えたところで呆れられるかもしれない。


 でも、これだけはもう逃げてはダメだと思えた。




 気付けば、小学校の校庭で街頭の灯りの中、立ちすくんでいた。


 ドズルが心配そうに僕の様子を見ている。



『ドズル、僕わかったよ。 色々心配かけてごめんね』



 わん!(行けイチロー、ミネバと共に)










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