#17 幼馴染の後悔



 ここ2~3年、静かだったお隣の家から、今日は珍しく賑やか声が聞こえてくる。


 昔はいつも笑い声が絶えなくて、あそこの家はおばさんが個性的で陽気な人で、私も以前はよく遊びにいくと可愛がってもらって、楽しかった。



 それが今ではお互い交流も無くなり、お隣から笑い声が聞こえることも無くなっていた。



 その切欠は今でも覚えている。


 イチローからの電話だ。



 中2の時、イチローからの1本の電話で、全てが壊れてしまった。



『もしもし、カスミ? 急にごめん』


「あー、どうしたの? 今忙しいから手短に済ませてくれる?」


『うん・・・あの、今までごめん。 迷惑掛けてたとは知らなくていつも余計なお節介ばかりして・・・もうそういうのはしないから、本当にすみませんでした』


「え? ・・・そう、分かればいいのよ。 もう余計なお節介とか止めてよね」


 ホントに急ね、どうしたのかな

 でも、これでうっとおしいのも減るのなら、嬉しいし


『はい・・・すみませんでした。それと、さようなら』


 イチローは最後にそう言うと、一方的に通話が切れた。


 さようならって、他人行儀ね、変なの

 まぁこれで少しは静かになるのかな


 その日の夜までは、まだ呑気にそう考えてた。





 だけど翌日、イチローの”さようなら”の意味が分かった。



 いつも朝は家の前でイチローは私を待ってくれてて、一緒に学校へ登校していた。


 しかし電話のあった翌朝、イチローは待っててくれなかった。

 珍しく遅刻かな?と思いお隣のインターホンを押すと、おばさんが「イチローならもう行ったわよ」と教えてくれて、慌てて学校へ向かった。


 教室に行くと既にイチローは来ていて、席に座っていた。


 イチローの元へ行き「イチロー、なんで先に行くの! なんか用事があるなら先に言ってよ! 私遅刻しそうになったんだよ!」と言うと


『すみません、これ以上迷惑は掛けられないので今日から一人で登校します。今まですみませんでした』と言って頭を下げてきた。


 イチローの他人行儀な口調と態度にびっくりしてその顔を見ると、見たことも無いような無表情で、私と目を合わせようとしてくれず、まるで本当に他人と話しているようだった。


 唖然としつつもイチローを問い詰めようとしたら担任がやってきてHRが始まったので、諦めて席に向かった。




 それから何度もイチローを問い詰めてみたけど、相変わらずの無表情で『ご迷惑かけてすみませんでした』しか言わなくなった。


 そして、イチローのその態度は、私だけでなくイチローと仲の良かった友達や他のクラスメイトみんなに対しても同じだった。


 イチローは、今までクラスの中心でみんなから頼られる様な人気者だったのに、あの日以降誰かに頼られても『僕ではお力になれそうにありません。すみません』と言って、相手にしなくなってしまった。


 最初はスネているだけだと思った。

 だからまだ危機感が薄かった。


 イチローの態度は家でもそうだったらしく、直ぐに妹のハルコちゃんが私のもとへ相談に来た。


 危機感が薄かった私は、イチローの自業自得かの様にハルコちゃんに説明した。

 前に友達に言われた”親切の押し売り”という言葉も言った。


 その後、イチローの家からは賑やかな声が聞こえなくなり、お隣同士としての交流も無くなった。




 イチローのそんな態度は、中学を卒業するまで続いた。



 流石に私は気が付いた。

 私はイチローに見捨てられたんだと。


 あの日まで、テストや宿題などいつもイチローに助けて貰ってて、私の成績はイチローの支えあっての物だった。

 しかし、見捨てられた私の成績はどんどん落ちて行き、ついには高校受験も失敗して志望していた公立高校へ行くことが出来ず、滑り止めで受けていた私立に進学することになった。





 最初の頃は、どうしてこうなったのかが分からなかった。

 本当に、イチローはスネているだけだと思っていた。


 でもイチローと電話で話した内容を何度も思い返している内に、理解し始めた。


 イチローが私にしてくれていた善意の数々を、私は邪険にして、迷惑がった。

 もし私のその態度や考えをイチローが知ったら、どう思うか。


 忘れていたけど、1つ思い出したことがあった。


 イチローが電話をしてきた日、イチローとはいつも一緒に帰っていたのに、その日私はイチローに冷たくしてイチローを一人で帰し、教室に残って友達とイチローの悪口で盛り上がっていたのだ。


 多分、その内容をイチローが知ったんだ。

 直接聞いたのか誰かが漏らしたのかは分からないけど、タイミングとしてはそうとしか考えられない。



 親切の押し売り。

 空気読めないお節介。


 もしイチローがそう思われてたのを知ったら、イチローの性格からして、深く反省して自分を戒めるだろう。


 その結果がコレだったんだ。







 お隣の賑やかな声がひときわ聞こえるようになった。


 窓から覗くと、お隣の家の前でイチローとハルコちゃんが知らない親子とお喋りしていた。


 その親子は二人とも物凄く綺麗な女性で、娘さんらしき女の子はイチローや私と同世代に見えた。

「イチローのカノジョ?」と考えて居ると、その女の子が私へ視線を向けてきた。


 その視線と目が合うと、私はヒザが震えだして背中から冷汗が止まらなくなった。


 え??? 今の何?

 なにあの子・・・私を殺そうとでもしてるの????


 数秒だっただろうか

 直ぐにその子は視線を外して、楽しそうにお喋りを再開した様だった。



 なんなの、あの子???

 イチローとあの子の関係は???



 久しぶりに見たイチローの笑顔よりも、あの綺麗な女の子の恐ろしい視線が頭にこびり付いて離れなかった。




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