#04 事件後の漆原家と森山家



 兎に角、母に報告と相談することにし、急いでお家に上がる。


 着替えもせずにキッチンに駆け込み、半泣きになりながら先ほどの出来事を報告。


「どうしよう、ママ。 手加減無しで蹴り入れたから、きっと怪我してるよ・・・」


「と、とりあえず落ち着きましょ・・・そうだ!学校に聞いてみましょう。 その森山くんって方のご自宅の連絡先とか」


 そう言ってママは直ぐに高校に連絡を入れて相談してくれたけど、結局学校からは「生徒の個人情報は教えられない」との回答で、森山くんの連絡先を教えてもらうことが出来なかった。


「もうこうなっては仕方ないわね。 ヒメカちゃん、明日本人に連絡先とご住所を教えて貰ってくるのよ。 それで改めてお詫びに伺いましょ」


「うん・・・そうしてみる」



 この日はもう手の打ちようが無く諦めるしか無いので、着替えて夕食を食べた。



 夕食を食べている間もお風呂に入っている間も自分の部屋で過ごしている間も、ずっと森山くんのことが心配で、明日どうやって謝ろうか、もし酷い怪我でもしてたらどうしよう、とかそんなことばかり考えていた。


 当然、勉強なんかも手につかなくて、森山くんのことを考える。



 森山くんの下の名前は・・・確か、イチローくんだったと思う。


 教室ではいつも一人で、お昼休憩とかもお弁当を一人で食べている印象が強い。

 友達らしき人と会話してるとかも見た記憶が無い。


 今までその存在を気に留めたことは無かったけど、こうして思い返すと、本当にいつも一人で居る子だ。


 そして、それ以外に知ってることが何も無いことに気が付く。

  



 次に、今日の出来事を冷静に思い返す。


 後ろから不審者の気配を感じ、回し蹴りを繰り出した。

 しかし、不審者ではなく、森山くんに直撃。


 不審者を庇って、森山くんが身代わりに?

 いや、それは無いと思う。


 森山くんが目が覚めた後の会話から、不審者が居たことを森山くんも知っていたし、森山くんもその相手を「不審者」と呼んでいた。

 更に、私が不審者に何かされなかったかの心配もしてくれた。


 森山くんの会話から考えると、森山くんが不審者に気が付き捕まえようとしたか止めようとした。

 森山くんが来たお陰で不審者は座り込む。

 そのタイミングで私が回し蹴りを繰り出したから、不審者と入れ替わるようにその場に立っていた森山くんに蹴りがヒット。


 そうだ

 森山くんは私を助けようとしてくれたんだ

 目を覚ました後の彼は、自分の怪我よりも私の心配をしてくれていたし。


 今日の森山くんは、普段のイメージからかけ離れた、とても紳士的で優しく、そして加害者である私に対して、気遣ってくれるような好青年だった。



 考えれば考えるほど、今日の自分の行動すべてが嫌になる。


 私を助けようとしてくれたクラスメイトに蹴りを入れて失神させて、更に、気が付いた後も怪我の確認もロクにせずに自宅まで送らせてしまった。

 自宅に着いても怪我の確認や治療するべきことを忘れそのまま帰してしまい、挙句、彼が私を助けようとしていたコトに、今更気が付いた。



 明日学校で、改めてお詫びと感謝を伝えて、何が何でも連絡先と住所を聞き出さなくてはいけない。

 今度こそ失態は許されない。


 漆原ヒメカは、そう強く決意した。





◇◆◇





 一方、森山家では



「どしたの!?おにーちゃん! ドズルの散歩行ったっきり帰って来ないって心配してたのに、服は凄い汚れてるし、唇切れて血が出てるよ??? おかーさ~ん!おにーちゃんが怪我して帰ってきたよ~!」」


『あー遅くなってごめん。 偶然トラブルに遭遇して、余計なお節介したせいで少し巻き込まれちゃったんだよ。 ケガは大したことないから』


「巻き込まれたって、喧嘩でもあったの???」


『いや・・・そういうのじゃないんだけど・・・でもハルコに心配かけて悪かったね。でもホント大したことないから』



 おにーちゃんはそう言って、2階の自分の部屋に行ってしまった。



 おにーちゃんは大したことじゃないって言っていたけど、あの様子だと暴力を振るわれたに違いない。


 昔のおにーちゃんならまだしも、普段のおにーちゃんからの様子を考えると、とても信じられない。





 中学までのおにーちゃんは、絵に描いた様な典型的なお人好しで、とても面倒見の良い兄だった。


 私や隣に住むカスミちゃんのお世話ばかりしてくれていた。

 困ったことがあれば直ぐに助けてくれたし、自分のことよりも私やカスミちゃんのことをいつも優先してくれる人だった。


 私はそんなおにーちゃんが大好きだった。

 カスミちゃんもそうだと思っていた。


 でも、おにーちゃんが中2の時に、突然人が変わってしまったかの様に、他人との距離を取り始めた。

 距離というよりも、壁を作るようになったと言うべきか。


 カスミちゃんや友達とは遊ばなくなり、私に構ってくれることもほとんど無くなった。

 何かお願いしたり相談しても『ごめん、お兄ちゃんじゃ役に立てないから、自分で頑張ってみて』と言われ、最初は理由が分からなくて私も混乱してしまい、カスミちゃんにも相談した。


 でも、カスミちゃんの言ってることや反応で、原因がカスミちゃんにあることが分かった。


 カスミちゃんは、おにーちゃんのことを迷惑がっていた。

 おにーちゃんのことを親切の押し売りとも言っていた。


 多分おにーちゃんはカスミちゃんにそのことを指摘されたんだと思う。

 

 私にとっては良い兄でも、カスミちゃんにとっては迷惑な幼馴染

 本当は、私はカスミちゃんに言い返してやりたかった。

 でもできなかった。


 そのことが凄く悲しかったけど、おにーちゃんにも非があることだと思うと、子供の私にはどうしてあげることも出来なくて、とても悔しかった。



 あれ以来おにーちゃんは、一切の面倒ごとを避けるようになって、友達との交流も止めて、誰とも関わらないようになった。

 それが3年近く経つ今でも続いている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る