#55 追い打ちと謝罪


 昨夜は、自分の愚かさに気が付いて罪悪感に苛まれ、寝ている森山くんの腕の中から抜け出してきた。


 そんな私をハルコちゃんが優しく受け入れてくれたから、何とか寝ることが出来たけど、今朝になって再び自分が失態をしたことに気が付いた。


 私は森山くんからしまったんだ。



 そんな私がどんな顔して森山くんに会えばいいの?

 森山くんに申し訳なさ過ぎて、笑顔で接する自信がないよ


 それに、逃げ出した私のことを失望してるかもしれない。

 今まで散々仲良くして好きだとアピールしておいて、昨夜なんてセックスする覚悟があるとまで仄めかして、いざ先に寝ちゃったからと言って部屋から出て行ってしまう冷たい女だって。



 言い訳になるけど、昨日はあのまま森山くんの腕の中で眠るなんて無理だった。

 あのまま居たら、罪の意識に私は耐えきれなかったと思う。


 だけど、森山くんにはそんなこと関係ないよね。

 森山くんにとって、私が逃げ出したことが全てなんだから。



 ハルコちゃんはまだ寝ていたので、お布団に入ったまま悶々と一人で考える。



 寝る前は、森山くんに対する罪悪感で一杯だった。


 一晩経った今は、罪悪感とは別に、逃げ出した後悔も襲ってきている。




 時計を見ると既に9時前。



 逃げ出さなければ今頃、森山くんを起こして朝ご飯を一緒に食べていたはずの時間。


 森山くんに会うのが辛い。

 森山くんに優しい笑顔を向けて貰う資格が私にはない様に思えてならない。


 もういっその事、このまま誰にも会わずにこの家から逃げ出して、お家に帰りたい。



 お腹痛くなってきた

 こんなにもきついストレスは初めてかもしれない


 ハルコちゃんを起こさない様に素早くベッドから抜け出して、お手洗いへ直ぐに向かった。





 お腹の調子が中々戻らず10分以上も籠っていた。


 すると、扉をノックされる。


「入ってます」と応答した直後、扉の外から激しい物音と呻き声が聞こえた。



 私がトイレを長時間占領してたから!?


 どうしよどうしよ


 急いで拭き取って、服装を整えて扉を開ける。




 そこには、吐瀉物にまみれてうずくまる森山くんが居た。



 眩暈ままいがするほどの絶望感。


 私はどこまで森山くんをキズつけるのだろうか



 森山くんに肩を貸す様に起こし、なんとかトイレの中へ運び便器へ顔を突っ込む様にして、吐き残した物を吐かせるように背中をさすった。


 申し訳無さで呪文の様に「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し、涙が止まらなかった。


 森山くんは、言葉を発しないまま何度も首を横に振っていた。



 そうしていると、物音で異常に気が付いたのか、お母さんが助けに来てくれた。



 お母さんが森山くんをお風呂場へ連れて行き、残された私は吐瀉物の酸っぱい異臭の中、腰が抜けたように直ぐには立ち上がれなかった。




 その姿勢のまま、精神統一を始めた。


 罪悪感、嫌悪感、不安、悲しみ、恐怖、喜び、そういう感情を頭の中から全部押し出そうと、ひたすら無になることに集中する。


 でも、どうしても上手く出来ない。


 先ほどの森山くんが苦しむ姿が、頭の中にこびり付いて離れない。

 それにずっと涙も止まってくれない。



「ど、どうしたんですか!?ヒメカさん!」


 ハルコちゃん、起きて来てくれた。


「ハルコちゃん、ごめんなさい。 さっきココで森山くんが戻しちゃって、お母さんが今お風呂場まで連れて行ってくれたの」


「え!?兄が??? でもヒメカさんも酷いですよ! 兎に角ヒメカさんもシャワー浴びて着替えましょう。 立てますか?」


「ごめんなさい、ちょっと立てそうにないの・・・」


「少し待ってて下さいね! 汚れだけでも拭き取れるもの持ってきますから!」


 そう言って、温かいおしぼりを用意して持ってきてくれた。


「ハルコちゃん、ありがとうね。 それでもう1つお願いがあるんだけど、ココを掃除するから、汚れてもいい雑巾とか何枚か貸してもらえるかな?」


「もう!ヒメカさんがそんなことする必要ありません!あとはやっておきますから!」


「ううん、ハルコちゃんお願い、掃除は私にやらせて。 森山くんが戻したのも、きっと私のせいだから」


 立ち上がることが出来なかったので、その場で頭を下げてお願いした。


「・・・・分かりました。 二人で掃除しましょう。 それが終わったらまた一緒にシャワー浴びましょうね?」


「うん、ごめんね」




 掃除を終えて、ハルコちゃんに助けて貰いながら立ち上がりお風呂場へ行き、シャワーを浴びた。


 お風呂から出てハルコちゃんの部屋で髪を乾かしていると、森山くんが部屋に来てくれた。


 森山くんは、私の勉強道具を持っていて、私に差し出すと


『漆原さん、先ほどはお見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありませんでした。 それと昨日の夜も先に寝てしまい、大変失礼しました。 深く反省します。 腹切って詫びろと仰るのなら、見事腹を掻っ捌いて見せます。 どうかお許し下さい』


 そう言って、頭を下げた。


 そして頭を下げたまま

『それと、折角来て頂いたのに申し訳ないのですが、今日は体調が優れません。 勉強会は中止でお願いします』



 こんな風に大げさなこと言いだしたら、「もう大げさなんだから!」といつもなら直ぐに止めに入る。


 だけど今は止めることが出来なかった。

 ショックで言葉が出せなかった。

 ハルコちゃんも同じ様で、絶句していた。


 だって、森山くん、何度も床に頭を打ち付けて謝ってるんだよ

 何度もゴツンゴツンって音がして、痛いはずなのに止めようとしなくて



 どこまでも自分の愚かさを責めずにはいられない。


 昨夜、自分のこれまでの行いや森山くんへの気持ちの押し付けに気が付いた。

 しかし、そこから逃げ出し、更に森山くんを体調を崩す程に追い詰めてしまった。



 自分のやること成すこと全てが森山くんにとって迷惑なことばかりじゃないか

 自分はどこまで愚かなんだろうか



 森山くんの真っ赤になった額を見て、ようやく正気に戻る。


「ごめんなさい!森山くんは何も悪くない!私が全部悪いの!今まで沢山迷惑をかけてたのは私なの!ごめんなさい」


 私も森山くんがしたのと同じように、ゴツンと床に頭を叩きつけた。




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