#56 断髪と稽古


 結局、その場は二人ともハルコちゃんに宥められて謝罪合戦は中断したけど、やっぱり勉強会は中止するしか無く、私は帰ることにした。


 いつも家まで送ってくれる森山くんは体調不良だったので、一人で帰るつもりでいたら、ハルコちゃんが心配して送ってくれることになった。



 ハルコちゃんとドズルくんと3人で歩く。


 いつもは森山くんと歩いていた道。



 時計を見ると11時前


 ハルコちゃんは時折笑顔で話しかけてくれるけど、私は笑うことが出来ず、生返事しか出来なかった。



 お家に着くと


「ヒメカさん、自分を責めてばかりではダメですよ。 兄はそれで不幸な中学時代を過ごすことになりました。 昨日お風呂でも言いましたけど、私はヒメカさんを応援してますからね!」


「ハルコちゃん、ありがとうね。 このお礼とお詫びはまたさせて貰うからね」


「はい、また遊びに来て下さいね!」


 ハルコちゃんは元気にそう言い残して、帰って行った。




 私は、自宅に上がると自分の部屋に直行した。


 コートを脱いでから鏡とハサミを用意して、床に正座する。


 鏡で確認しながら、長かった髪にハサミを入れていく。


 ロングだった髪がどんどん床に落ちて行き、10分程で私の頭はバサバサのショートヘアになった。


 床に散らばった髪をかき集めてゴミ箱に捨て、今度は道着の入ったスポーツバッグを持って部屋から出る。



 ◇



 自転車に乗って道場へ向かう。


 

 道場に到着すると、お昼時で人が居なかった。


 奥の休憩室に顔を出すと、先生と先輩一人、あとは後輩が5人程居て、昼食を食べていた。


「ご無沙汰してます。 稽古を付けて頂きに来ました。 お願いします」と頭を下げる。


 すると、先生よりも先に先輩(女性で私の5つ上)が

「その髪どうしたのヒメカ!?」


「未熟者の自分を戒めるために、自分で切ってきました」


 今度は先生が

「なんか訳アリそうだな。 稽古は俺が相手しよう」


「押忍! よろしくお願いします!」


 礼をして休憩室を退室し、更衣室で着替えを済ませる。




 まだみんな食事中の為、一人で先に道場へ行き、正座してみんなを待つ。



 30分ほどすると、みんなが道場へやって来た。


 本来なら食後直ぐの稽古は危険なので、やるべきじゃない。

 なので礼だけ全員で済ませて、実際の稽古は私と先生だけ。


 10分ほど柔軟を行い、ヘッドギアとマウスピースを装備して試合形式での稽古を始める




 向き合って礼をして構える。


 先手を取るつもりで距離を詰めようと動いた瞬間、ヘッドギアの上から側頭部に蹴りを入れられて吹き飛ぶ。



 ガードが間に合わなかった!?


 私、こんなに弱かったの???

 始まってまだ10秒も経ってないのよ!



 ヒザを付いて必死に立ち上がろうとすると、ヨロけて尻餅を着いた。


 こんな簡単にダウンしてる場合じゃない


 森山くんが失神から目を覚まして立ち上がった姿が頭に浮かぶ



「まだまだあぁぁぁ!!!」


 叫びながら床に拳を打ち付け、歯を食いしばって脚に力を込める。



 なんとか立ち上がり、マウスピースを咥え直して先生と向き合う。


 再び礼をして構える。




 目の焦点が上手く合わせられず、先ほどの蹴りが恐怖として頭にこびり付いている。


 息は荒く心臓の鼓動が五月蠅いくらいにガンガン鳴りつづける。



 ◇



 その後、何度も蹴りを受けダウンを繰り返し、気が付けば失神していた。


 稽古を続ける為に立ち上がろうとするが、先輩が私の体を押さえて制止した。


「ヒメカ、もう終わりだよ。これ以上は無理だ」


「まだ行けます! 続けさせて下さい!」


「ダメだ。久しぶりのクセにイキがるんじゃない」


「でも!」



 先生と先輩に訴えるように顔を見るが、これ以上は私の相手をしてくれそうに無かった。


 諦めて、何とか立ち上がって礼をする。



 シャワー室へ一人で行き、道着と肌着を脱ぐ。

 昨日、森山くんに見られても良い様にと着ていた下着。


 胸が苦しくなり、下着をサッサと脱ぎ棄てる。



 冷たい水のシャワーを頭から浴びた。


 体中が熱くて痛い

 立ってるのもツライ


 自分の体を確認すると、太ももと二の腕に痣が出来ていた。


 鏡で顔を確認すると、左目の瞼が腫れている。



 明日、学校なのに酷い顔

 森山くんが見たら、大騒ぎするかな


 また心配かけちゃうんだろうな


 後輩が用意してくれた氷嚢で腫れたまぶたを抑えると、悔しくて涙が止まらなくなった。




 ◇◆◇




 翌日月曜日、テストの出来は散々だったけど、そんなことはどうでも良かった。



 ただ、私の変わり果てた髪型と腫らした顔を見た森山くんが、悲痛な表情をしているのを見た時は、心が物凄く痛かった。

「また心配をかけてしまっている」と胸が張り裂ける様な思いだった。



 本日分のテストが午前で終わり昼の下校時間になると、森山くんが見たことが無い様な不安そうな表情で私の席までやって来た。



 やっぱり思ってた通り、私のこの姿を見て森山くんが責任を感じているのが解る。


 だから森山くんが口を開くより先に


「急に思い立って昨日から空手の稽古を再開したんです! 結構サボっていたせいで全然体が付いて来なくて、初日からボロボロでした!」テヘヘヘ


 と笑って見せた。


 そして、しばらくは空手に集中したいから、一緒に下校したり放課後のお喋りが出来ないこと、それとお弁当を毎日は作ってあげられないことを謝った。


 森山くんは『僕の事は気にしないで下さい。 それよりも、あまり無理しないでお体を大事にして下さい。 怪我でボロボロの漆原さん、見ているのが辛いです。 僕に出来ることがあれば遠慮なく何でも言ってください』と話してくれた。


 森山くんの優しさが、心に染み渡る様だった。

 改めて、私は森山くんのことが好きなんだと確認出来た。




 後は、不甲斐ない自分を叩き直すだけ。



 私は1つの目標を掲げた。


 その目標を実現する為に、その日から放課後生徒会の無い日は毎日道場に通い稽古を続けた。







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