#57 ハルコのデコピン



 漆原さんがウチに泊まった翌日、日曜日


 勉強会の予定を中止してもらい、漆原さんが帰った後、僕は一人で打ちのめされていた。



 失恋したダメージ

 申し訳ないという罪悪感


 それらのストレスに耐えきれず声を聴いただけで嘔吐してしまった自分の弱さと、それを漆原さんに見られた恥ずかしさや情けなさ


 しかも、散々漆原さんを失望させてしまったと言うのに、漆原さんはこんな僕対して「森山くんは何も悪くない」と慰めてくれた。



 惨めだ



 生徒会副会長なんていう大役を任命され、調子に乗っていたんだろう。


 その大役だって漆原さんが僕を導いてくれた結果であって、日陰ぼっちのままの僕だったら今でも教室では気配を消して一人でひっそりとスマホでゲームをしてるだけだっただろう。




 これからどうすれば良いのやら


 今では、漆原さんが居ない生活なんて考えるだけでも怖くなる。


 生粋の日陰ぼっちを自称してたと言うのに、情けないったらありゃしない。



 そんなことをグジグジ考えていたら、ノック無しに部屋の扉がバーンと開け放たれ、ハルコが仁王立ちしていた。


「お兄ちゃん! ヒメカさん落ち込んでたよ! もっとシャキっとしてよ!」


『おぅ・・・』


「もう!なんて顔してるんですか! 捨てられた子犬みたいな顔して!」


『だって、実際に漆原さんを失望させた僕は、もう捨てられたも同然なんだよ』


「何バカなこと言ってるんですか! ヒメカさんがお兄ちゃんに失望する訳ないでしょ!」


『そんなこと言ったって、昨日の夜だって・・・』


「ヒメカさんに”失望した”って言われたの?」


『いや、言われてないけど・・・』


「だったら大丈夫でしょ!」


『でも、今朝だって嘔吐してダウンするという情けないところ見せちゃったし・・・』


「体調悪ければ誰だってそういうことあるでしょ!」


『うん・・・・』


「またそうやって一人でウジウジして、中学の時みたいに殻に閉じこもるつもりなんですか!」


『わかんない・・・』


「もう! お兄ちゃんもヒメカさんも二人ともウジウジと!」


 眉間にシワを寄せて鼻息を荒くしたハルコが、ドカドカと僕の目の前までやって来たと思ったら、眉間にデコピンされた。


『うぎゃ!』


「これで気合入ったでしょ! いい加減自分の気持ちに素直になりなよ!」


 ハルコはそういい放つと、激痛にのたうち回る僕を放置してドカドカと部屋から出て行った。



 またハルコを怒らせてしまった。


 気合が入るどころか、余計に気持ちが沈んだ。




 ◇◆◇




 翌日月曜日、学校では期末テストが始まったが、テストの出来は散々だった。


 理由は、漆原さんの髪型が変わっていて、更に試合後のボクサーの様にまぶたを腫らしてて、その変わり様にショックでテストに全く集中出来なかったから。 クラスもその事でざわついていた。



 正統派美少女である漆原さんのトレードマークであった黒くて長いストレートが、ショートヘアになっていた。


 もちろん昨日ウチに居た時はロングだった。

 顔の腫れだって昨日は無かった。


 僕の家から帰ってから、髪を切り、顔を腫らすような行為をしていたということだ。



 髪を切る理由はなんだ


 やはり失恋なのか・・・



 顔を腫らす行為ってなんだ


 漆原さんのことだから、空手か?

 まさか殴り合いのストリートファイトはしないだろう




 テストが終わり、帰り間際

 どうしても心配だった僕は、漆原さんに声を掛けようとすると、僕が喋るのを制する様に漆原さんが早口で説明してくれた。


「急に思い立って昨日から空手の稽古を再開したんです! 結構サボっていたせいで全然体が付いて来なくて、初日からボロボロでした!」テヘヘヘ


『なんでまた急に!』と口から出かかり、なんとか言葉を飲み込んだ。



 本当は、体をキズ付ける様なことはしないで欲しいと止めたかった。

 でも、僕がそれを言うのは違うんじゃないかとも思えた。


 漆原さんにとって空手は、生き様のようなものだ。

 髪を切ろうが顔を腫らしてアザを作ろうが、それが漆原さんの生き様なんだ。


 僕が邪魔していい領分では無い。


 だったら僕は何をするべきだ? 何が出来る?


 励まして応援して、そして労ることしか出来ないか



 なんとか言葉を絞り出して体を大切にするようにお願いしたら、漆原さんは僕の言葉を聞いて、優しく微笑み返してくれた。


 ハルコが言っていた通り、漆原さんから失望されているような態度は感じられなかった。



 ただ、空手の特訓を再開したからとは言うものの、距離を取られているようにも感じた。


 多分、ここ最近の僕達の距離が近すぎたんだろう。


 元々はそうだったんだ。

 漆原さんと交流が始まった頃、僕は一定の距離を保とうとしていたんだし。


 きっと、漆原さんもそうしようとしてくれているんだと思う。



 これからは身の程を弁えた距離から漆原さんを気に掛けて、何かあれば助けられるように備えるのが今の僕の役目だと思う。






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