#32 惚れてまうやろ!
カスミに絡まれた後、漆原さんと手を繋いで歩く。
ドズルはすっかり漆原さんに慣れた様子で、漆原さんを先導するように歩いている。
歩きながら先ほどのカスミとのやり取りを思い出す。
いきなり声を掛けてきたカスミに向かって、ドズルが威嚇した。
続いて漆原さんもドズルと同じようにカスミに対して、過剰な程の警戒をしていたのが僕にも解った。
カスミが話しかけてきたことにも驚いたけど、漆原さんがカスミに対してあれ程の警戒心を露わにすることの方が驚いた。
もしかしたら、僕とカスミの過去のトラブルを知っているのかもしれない。
ハルコが何か話したのかな。
二人が睨み合って(漆原さんの後ろに立ってたから、漆原さんが睨んでいたかは見えてないけど)今にもケンカが始まりそうな空気だったので、とにかく落ち着かせるように漆原さんに声を掛け、カスミにも僕の態度をハッキリ示した。
僕の思い上がりでなければ、漆原さんは僕の為にカスミに怒っていた。
学校ではあんな姿の漆原さんはもちろん見た事が無い。
僕と二人の時もよく僕に怒ったり睨んだりするけど、その怒りとは種類が違うのが分かる。
僕に対しては、友人に対する怒り、とでも言おうか。
拒絶じゃないんだよね。
僕が言うこと聞かないから叱っている感じ。
先ほどのカスミに対する怒りは、憎しみを感じた。
拒絶や復讐とかそういう類の怒り。
漆原さん、落ち着いて話していたけど、その声は今まで聞いたことの無いほどの怒気を含んだ声だった。
それを見て僕は、漆原さんは僕の為にカスミに怒っていたと考えた。
本当に情けない男だ、僕は。
いきなりだったとは言え、カスミ相手に動揺してしまい、漆原さんやドズルに心配をかけてしまった。
カスミが考えていることは何となくわかる。
散々迷惑掛けられた隣に住む男が、異性の友達つれて仲良さそうにしてたのが面白くなかったんだろう。
ついついカッとなって文句を言いたかったに違いない。
カスミは昔からそういうところあったからね。
女の子なのに気が短くて、怒ると口が悪くなる。
しかし、以前だったならそういう状況でカスミが文句言って来るのは分かるけど、僕とカスミはもう友達でも幼馴染でも無い。
それに、僕は告白したわけじゃないけどカスミにフラレているし。
今はただの隣人で、ここ数年なにも迷惑をかけていないはず。
僕が誰と仲良くしようと、カスミに文句言われる筋合いはないよね。
そんな事を考えながら歩いていたら、漆原邸に到着していた。
漆原さんからドズルのリードを受け取り、預かっていた漆原さんの荷物を返し、最近習慣になっているハグを漆原さんとする。
でも今日のハグはいつもとなんか違った。
いつもの作業的なハグでは無く、なんかこう力強い?情熱的?そんなハグだった。
たまにはこういうハグもあるよね、と考えた瞬間、漆原さんが僕の耳元で「大丈夫です。森山くんには私が付いてますから」と囁いた。
耳に漆原さんの吐息がかかり、背筋がゾクっとした。
漆原さんはすぐに体を離して、逃げるように玄関に入ってしまった。
体を離した時に一瞬だけ見ることが出来た漆原さんの表情は、恥ずかしそうだけど、なんだか嬉しそうにも見えた。
漆原さんは、カスミのことで落ち込み気味の僕を、安心させようと励ましてくれたんだと思う。
漆原さん、本当に良い人だね。
もう学園のアイドルとかいうレベルじゃないよね。
聖人? 女の子だから聖女か。
真の聖女は、陰キャだろうとぼっちだろうと差別せず、時には身を挺して守ろうとしたり、時には愛情を持って抱きしめ慈愛の微笑みをむけてくれたり。
漆原さん程の人気者なら、友達は沢山居る。
その中でも日陰ぼっちである僕のことを気にかけてくれて、最近は一緒に行動する機会が多い。
更には、僕の為に過去トラブルのあった隣人から僕を守ろうとしたり、励ましてくれたり。
以前ママさんが「友達以上の好意をもっているわよ」と教えてくれた。
僕はその意味を”数多く居る友達の中でも、特別扱いしている友達”のことだと考えた。
僕の様なぼっちは、殊更そういうのには敏感だ。
漆原さんが僕を特別扱いしてくれているのは分かっていたし、最近ではドズルのこと関係なく手を繋ぐし。
先週漆原さんの部屋で、漆原さんの恋愛観(強い男に憧れる)について話していた時、漆原さんは消え入りそうな声で僕のことを「とても強い人」だと言ってくれた。
その時はよく理解出来なかったけど、今なら”僕に対して男性として敬意を持ってくれている”と分かる。
漆原さんの家を見上げると、2階の漆原さんの部屋に灯りがともった。
先ほどのハグを思い出す。
今更、顔が熱くなってきた。
惚れてまうやろ!ってどこかの芸人さんが言っていたけど、今はそんな気分だ。
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