#31 幼馴染との対峙
森山くんの家では、お昼だけでなく夕ご飯もご馳走になり、明るいお母さんのお陰か私のドキドキも大分落ち着いて、森山くんのご家族と一緒に楽しい食事の時間を過ごすことが出来た。
食事の後も森山くんのお母さんが色々と森山くんの小さい頃の話をしてくれて、まだ森山くんが独りぼっちになる前の活発な子供時代の話を沢山聞くことが出来た。
私は森山くんの隣に座って森山くんの手を握りながら、お母さんの話を聞いたり色々な質問をした。
小さい頃から運動も勉強もよく出来て、手が全然かからない子だったこと。
ハルコちゃんのお世話をよくしてくれて、ハルコちゃんは森山くんにいつもべったりだったこと。
友達も沢山居て、昔はよく友達が遊びに来ていたこと。
運動会とかでは毎年リレーの選手に選ばれてたこと。
小学校では毎年学級委員をしていたこと。
書道の有段者で、新聞社主催のコンクールで金賞をとったこと。
中学での定期試験はずっと学年順位が一桁だったこと。
目立つことを嫌う今の森山くんからは、勉強のこと以外はどの話もイメージしにくい話で、今の森山くんがどれほど変わってしまったかが分かってしまい、森山くんの手を握る右手に自然と力が入ってしまった。
森山くんは居心地悪そうにはしてたけど、口を挟むことなく大人しく静かにしていた。
その後も最近の話とか色々お喋りが続いたけど、楽しい時間はあっという間で遅い時間になったので、ご両親にお礼と挨拶をしてからお暇することにした。
帰りは、森山くんがドズルくんの散歩ついでに家まで送ってくれることになったので、一緒に歩いて帰ることに。
ハルコちゃんが家の外まで見送りに出てくれて、ハルコちゃんの両手を握り「今日は本当にありがとう! 凄く楽しかったよ! 今度はハルコちゃんもウチに遊びに来てね!」とお礼を言ってからお別れした。
いつものドズルくんの散歩と同じく、ドズルくんのリードを私が持って、私の荷物を持ってくれた森山くんと手を繋いで歩きだすと、突然後ろから森山くんが呼び止められた。
「イチロー! ちょっと待って!」
途端にドズルくんが相手を威嚇しはじめる。
ガルルルルル
私もドズルくんに続いて、森山くんを守るように相手の正面に立ち、腰を少し落として相手の動きに注意しながら攻撃に備える。
「ちょっと!私はイチローに用事があるのよ!関係ない人は邪魔しないでよ!」
「・・・・・」
相手の問いに答えず、無言のまま警戒を続ける。
一瞬だけ振り返り、後ろにいる森山くんの表情を確認すると、能面の様な無表情で黙って相手を見つめていた。
その表情ですぐに確信できた。
やっぱりこの人が例の幼馴染だ。
「あんたイチローのなんなの!? イチローの彼女なの!?」
「アナタに答える必要はありません。 アナタこそなんなんですか?」
ガルルルルル
「もうなんなのよ! イチローも黙ってないで何とか言いなさいよ!」
相手が感情的になりはじめたので、威圧するように殺気を放つ。
すると森山くんが後ろから私の肩に手を掛けて
『漆原さん、僕の為にすみません。もう大丈夫です』
そして今度は森山くんが私の前に出て相手に向かって
『僕からは何も話すことはありません。アナタには迷惑かけるつもりはありませんので、どうぞ僕にも構わないで下さい』
そう言い放つと、相手に背を向けてから私の手を握り
『もう時間が遅いので帰りましょう。 あまり遅いと僕がママさんに怒られちゃいますからね』と言って、私に向かってニコリとほほ笑んでくれた。
『ドズルも行くよ、おいで』と言って森山くんは歩き出し、私とドズルくんも一緒に歩き始めた。
チラリと後ろを振り返ると、幼馴染の人は悔しそうに下を向いていた。
『すみませんでした。 隣に住んでいる子で、昔からの知り合いなんです』
「はい、私は大丈夫です」
その後しばらくはお互い無言のまま歩いた。
私は先ほど見た森山くんの能面の様な顔と、ニコリとほほ笑んだ優しい顔が頭の中でグルグルしていて、モヤモヤと喜びとがごちゃ混ぜになったような複雑な気持ちになった。
しばらく歩くと、ぽつぽつと話し始めたけど、先ほどの幼馴染の話題は意識して避けているようで、森山くんからは緊張しているのが伝わって来た。
私の家に着くと、いつものハグをした。
私はいつもよりも力を込めてギュッと抱きしめ、耳元で「大丈夫です。森山くんには私が付いてますから」と囁いてから体を離した。
いつもはハグのあと、帰って行く森山くんの背中を見送ってから玄関に入るのに、この日は恥ずかしくて逃げるように先に玄関に飛び込んだ。
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