#25 天井のリーさん


 お昼の後、食事の片付けを手伝おうとしたら、ママさんから「お客さんなんだからそんな気を遣わなくていいのよ。ヒメカちゃんとゆっくりしてらっしゃい」と言われ、お言葉に甘えて漆原さんのお部屋でお喋りすることに。



 漆原さんのお部屋は、妹ハルコやカスミ(最近は知らないけど昔の記憶の)の部屋と違って女の子の部屋っぽさがあまり無かった。


 家具やベッドはどれも高級そうで、床は絨毯では無くて板張りのフローリング。

 机も勉強机というよりも、オシャレなオフィスとかにありそうなシンプルなデザインのデスク。

 壁やカーテンは薄い水色やブルーを基調とした落ち着いた柄。


 一言で言えば、とてもセンスが良い、大人っぽくて上品なお部屋。



 しかし、1点だけこの部屋に異彩を放つ物が。


 ベッドの真上の天井に、ブルース・リーのポスターが貼ってあり、この部屋のオシャレな雰囲気を台無しにしていた。




 部屋に入るとまず最初にブルース・リーさんが目に入る。


 リーさんと目が合うが、ここは気にしない様にと自分に言いきかせ、家具を始めとしたオシャレな部屋をホメてみる。



『漆原さん、とてもオシャレで素敵なお部屋ですね。 家具なんてどれも高そうで流石セレブのお嬢様です』


「そんなに高くないと思うよ? でも素敵な部屋って言われると嬉しいね」えへへ


『ええ、ホントに。 ・・・しかし、何故ココにブルース・リーのポスターを?』

 チラリと天井に視線を向ける


「うふふ、気付いちゃいました? 恰好いいですよねぇ♪ 私、アイドルとか芸能人とか興味ないけど、唯一ブルース・リーは憧れなんです。うふふ」


 なるほど

 武道家として強い男に憧れ、恋心を抱くという訳か


『じゃあ、漆原さんは普段から強い男性に憧れを抱いたりする訳ですか』


「え!? そ、そうだね・・・強い男の人に・・・憧れちゃい・・・ます」チラッ


 急にテレモードになる漆原さん。


 漆原さんだって普段は普通の女の子

 自身の恋バナとなれば、流石に照れてしまうのだろう



 しかし、さっきからリーさんの視線が気になって、落ち着かないな

 天井になんて貼ってあるから、めっちゃ見降ろされてる感が半端ない



「あ! ずっと立ったままでごめんなさい! クッションあるから座って座って!」


 漆原さんからふかふかのクッションを受け取り、床に腰を下ろす。


 すると、漆原さんも同じクッションを僕のとくっつけて置いてそのまま座る。


 広い部屋でぴったりくっ付いて座る僕と漆原さん。

 なんか非常階段を思い出す。


 ということは、ここで離れようとするとギロリ睨まれること必須。

 僕の様な空気読めない鈍感だって、それくらいの学習はするのさ。


 それに普段からドズルへの仲良しアピールの為に、手を繋いだりハグしたりしてるしね。 これくらいで動揺していたら、漆原さんのお友達なんて務まらない。




 しかし、リーさんの視線が気になるな


 僕があれこれ思案して無言でいると、漆原さんも珍しく静かだ。

 漆原さんも、リーさんの視線が気になるのかな?



 すると漆原さんが僕のヒザに手を置く。

 ちょっとドキっとしたけど、これくらいいつものことだよね、と思い直しながら漆原さんの方へ顔を向けると、超至近距離に漆原さんの顔が。

 漆原さん、まつ毛長いなぁ


『ど、どうしました?そんなに近づいて。 僕の顔に何か付いてました? 鼻毛なら昨夜処理して今朝もしっかりチェックをしてきましたが・・・』


「・・・森山くんは・・・とても強い男の子だと思います・・・」


『え? 僕は格闘技の経験はありませんよ? ケンカだってしたことありませんし。 あ、でも格闘ゲームはちょっと自信あります』


「そ、そうじゃなくて!・・・私から見て、です・・・・・あああああもうむり!今の忘れて下さい!!!」


 漆原さんはいきなり叫び出すと、両手で顔を押さえて僕に背中を向けた。



 なるほど、やはり漆原さんも憧れのリーさんの視線が気になって恥ずかしくなってしまったんですね?


「ううう、恥ずかしぃ・・・」


 ほらやっぱり

 鈍感な僕でもここまで態度に出されたら気が付きますよ。


 学園のアイドルの漆原さんを、ここまでドキドキキュンキュンさせてしまうブルース・リー。

 流石偉大なヒーローだ。




 僕が一人納得してうんうん言っていると、突然漆原さんが「こういう時は精神統一よ!」と言って、突然板張りの床に直接正座して一礼してから目を閉じた。 背筋が伸びてて凄く綺麗な正座だ。


(え!?今から何か始まるの???)と呆気に取られて正座する漆原さんを眺めて居ると10分程たったころだろうか、今度は目がクワっ!と開いたと思ったら、両手で自分の両頬をバシッ!と張って「押忍!!!」と掛け声を出した。

 漆原さんのほっぺ、真っ赤で痛そう。


「森山くん!手を繋いでください!」


『え?ココでですか?』


「はい!今ココで!」


『いいですけど、今日はドズルはお留守番で居ませんよ?』


「ドズルくんは今日はいいんです! 今、私が繋ぎたいんです!」


『はぁ、ではどうぞ?』


 左手を差し出すと、漆原さんは右手で僕の手を掴む。

 がっちり指同士を絡ませるように。


「えへへ♡」


 漆原さん、さっきまで気合の入った真剣な表情だったのに、今度は頬を緩ませ、またテレモードになった。


 突然の精神統一。しかも10分も。 

 そして天井にはリーさん。

 ほっぺには真っ赤な張手の跡。 

 やっぱり天井にはリーさん。

 なぜか突然手を繋ぎたがる。 

 それなのに天井にはリーさん。

 そして手を繋いだ途端テレながらも饒舌になる漆原さん。 

 それでも天井にはリーさん。


 謎だらけだ。


 日陰ぼっちには理解が追い付かないこの状況に、僕はただただ漆原さんの顔を見つめて相槌を打つだけしか出来なかった。



 そして2時間後、ママさんが紅茶と僕の手土産のモンブランを部屋に持ってくるまで、漆原さんは手を離してくれなかった。







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