#19 ヒメカの手作り弁当


 漆原さんの手作り弁当


 これに如何ほどの価値があるのだろう。

 少なくとも、僕の月のお小遣いでは到底購入することが出来ないレベルでの価値があるだろう。


 何十人、いや何百人の男子生徒が夢に見るほどの価値があるのは、日陰ぼっちの僕にだって分かってる。

 だから断固拒否したのに、結局漆原さんを納得させることが出来ず、漆原さんの強引さに僕は従わざるを得なかった。


 そう、仕方無かったんです。

 だって漆原さん、怖いんだもん。

 脅されたら、拒否出来ないんです。


 だから、僕が漆原さんとお昼を二人で一緒に食べるのも、漆原さんの手作り弁当を食べるのも、仕方が無いコトなんです。






 ということで、お昼時間の非常階段にて。


 弁当箱を2つ持った漆原さんと手ぶらの僕。

 最近いつもココでご飯食べてる僕が先に腰を下ろすと、横幅が狭い階段なのに僕の横に漆原さんも強引に腰掛ける。


『漆原さん、横に座られると狭いです。上下にズレましょう』

 と言って腰を上げようとすると


「だめ! 座ってて下さい! 狭くても食べられます!」


『いやダメじゃないでしょ!もしこんなに密着してるの見られたら、友達どころかあらぬ疑いまで呼び起こしてしまいますよ!』


 ギロリと鋭い視線


『はい・・・そうですね・・・狭くても食べれますよね・・・・はぁ』


 怖いよ漆原さん


「はいどうぞ! 全部私が作ったんですよ? お口に合うと良いのだけど・・・」チラッ


 フタを開けると、バランスの良さそうなレパートリーの数々。

 そら豆とひじきのちらし寿司、から揚げ、玉子焼き、茹でたブロッコリーやニンジン、タコさんウインナー、アスパラベーコン、等定番だけど、兎に角種類が多く”凄い”の一言。



 試しに玉子焼きを1つ口にする。

 ほう、コレは出汁巻だ。

 甘くなく、程よく旨味が効いててジューシーだ。


 次にから揚げを1つ口にする。

 なるほど、醤油と砂糖で下味をつけているのか、甘味と辛味のバランスが絶妙だし、なによりプリプリと柔らかい。



『漆原さん』


「ど、どどどうかな?かな? おく、おくちゅに、ああああうかな?かな?」


 あ、ポンコツモードの漆原さんだ。


『素晴らしいです。 玉子焼きもから揚げも絶妙の味付けです。 ひと手間も二手間も掛けてあるのが分かります。 これは本当に素晴らしいです。 漆原さんの料理スキルと愛情が成せる味です。素晴らしい』


「はぅ♡ そ、そんなにホメないで、恥ずかしぃょ・・・」


 あ、今度はテレモードの漆原さんだ。


 その後、ずっと顔真っ赤だった漆原さんは無言になってしまい、でも僕が食べる様子が気になるのかチラチラこちらを見てて、僕はさっさと食べ終わったのに漆原さんは全然箸が進んでなくて、休憩時間終わり間際でようやく食べ終わってくれた。


『ごちそうさまでした。 漆原さんのこと正直舐めてました。 こんなに美味しいお弁当が頂けるなんて思ってませんでした』


「えへへへ、そ、そうかな?」


『はい、漆原さんはきっと良いお嫁さんになりますね』


「お嫁さん!!!」


『シィィィィ! 声が大きいです! ここに人が居るのバレたらどうするんですか!』


「だ、だって!森山くんが急に私の事お嫁さんにしたいって言いだすから!」


『言ってねーよ! 漆原さん耳腐ってんのか! 良いお嫁さんになれるねって、客観的な感想述べただけだよ!』





 狭い非常階段で横並びに肩は触れ合いヒザ同士密着して座り、小声でやり取りする二人。


 ハタから見れば、もはや仲良しこよしのバカップルなのだが、ドキドキキュンキュンしながらもストレートに本音が出せないヒメカと、恋愛のれの字も意識していないイチロー。


 如何せん、恋愛経験ゼロと卑屈で自己評価が低いこの二人。

 恋の自覚があったり無かったり、相手の想いに気付けなかったり勘違いしてたり、手作り弁当というラブコメ定番イベントを経ても上手く進展する訳が無いのであった。



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