4-2 天かける縁

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 王城へ向かう道は多くの星々で混雑していた。皆、先ほど放たれた強烈な光の発信源へと向かっているのだ。いや、正確には発信源となった星のもとへ向かっている。光は上空、宇宙の遥か向こうから届いていた。この世界に住まう星の精自身が光を放っていたわけではない。

 水晶で舗装ほそうされた道は幻想的であるはずなのに、人間とうり二つの星々が群れていると、地球上の光景と何ら変わらなかった。「レナはどこだッ!」「会わせろッ!」「死んだのッ⁉」といった文句があちらこちらから聞こえてくると、ここが星の世界であることを忘れてしまう。姿形だけでなくみにくさまでも瓜二つだ。

 街路樹の如く整然と並んだ水晶樹すいしょうじゅ煌々こうこうと照らされる中、王門前では甲冑かっちゅう姿の騎士二人が互いに剣を交差し、来客の立ち入りを禁じていた。不満を口にする星々にも動じず、毅然きぜんとした態度で王城を守護している。


「こっち」


 アルテミスが僕の手を引き、星々の間をき分けてゆく。やがて混雑から抜け出し、僕たちは水晶樹の隙間をうように脇道へと入っていった。


「抜け道があるんだ」


 僕は何もかずに彼女の言うことに従った。知的欲求よりもレナの身を案じる気持ちが勝ったからだ。話す余裕があるのなら、走る力に投じたい一心だった。

 ようやく脇道を抜けると、眼前には大きな水晶のへいそびえ立っていた。へいの前にはほりが広がり、僕たちの行く手をはばんでいる。水面すいめんのぞき込むと、天の川のように小さな光が無数にきらめくばかりで水底みなそこまで視認できなかった。へいまでの幅は五、六メートルといったところだろうか。身一つで城内へ侵入するには無理がある。

 僕が視線を向けると、アルテミスは真剣な表情のまま口許だけほころばせた。僕を安堵させるためだけに作り笑いを浮かべさせてしまったことに胸が締め付けられる。


「橋をけるよ」


 アルテミスはほりの前でしゃがむなり、ローブの下から両手を出し、眼前に張られた水をすくい上げた。まるで夜空を模したスノードームが手のひらに収まっているようだ。おもむろに立ち上がり、アルテミスが両手を胸の前でかかげる。

 手のひらの宇宙が不意に輝き出した。ほのかなあかりがアルテミスの両手をあかく照らし出す。まるで人間のように血管が浮き上がって見える。


「キミのえんが彼女のもとへとつないでくれる」


 アルテミスが両手を放すと、先ほどまで液体だったそれは手のひら大の光球となって宙に浮かび上がった。足元で風が渦巻く気配を感じる。眼前の水面すいめん見遣みやると、光球に吸い寄せられる形で水面が螺旋らせんを描いて宙に浮かび始めていた。

 僕が驚愕のあまり目を見開く中、アルテミスは水面が光球へと到達する瞬間、それに触れた。すると、水面はまるで逆流する滝のように勢い良く空へ昇り、王城の天辺てっぺん――展望台へのけ橋となった。

 息を呑んだ。呆然と口を開いていた、と言ったほうが適切だろうか。け橋は液体から個体へ、透明から銀河の如き星空へと変貌を遂げた。階段状のそこに足を掛け、アルテミスは振り返る。


「行こう。キミの想いを無駄にしないためにも」


 僕はアルテミスに続いて橋に足を掛けた。これがレナへの想いだとすれば、僕は彼女に対し強い執念を持っているということになる。いや、執念というよりも敬愛の念か。僕は筋が通った彼女の考え方に納得し、一方的な好意すら抱いていたのだ。

 アルテミスの行為はまさしく水先案内人と呼べる所業だった。僕を望む場所へとつないでくれる。いや、つないだのは僕自身だ。彼女は道を舗装ほそうしてくれただけに過ぎない。誰でもできるなら、王門前に群がる星々など皆無だろう。あるいは、ただの野次馬根性なのかもしれないけれど。

 人間も星も変わらない。それが皮肉のようでいて、命ある者の『真理』のように思えた。

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