7-3 殺しの呪文
3
「思い残すことはなくなったか」
「どのみち、これより無に
足元では今もルナの星々が慌てふためいている。彼ら彼女らは滅びの運命に戦々恐々としているのだろうか。アルテミスが僕をルナへ導いたことで、彼女の寿命と引き換えに失われた未来を憂いているのだろうか。
「優しいんだね。待っていてくれたのかい?」
アルテミスが平生と変わらぬ
キウンは鼻を鳴らし、冷ややかな視線を僕たちへと向ける。
「せめてもの情けである」
キウンは刀を足元へと突き立てた。今、僕たちは宇宙空間の見えない足場に立っている。よって、彼が足元に突き立てた刀身は全て見えており、一見すると刃先を足元に向けているだけのように見える。けれど、それが攻撃の合図であることは僕にもアルテミスにも把握できた。彼から放たれる殺気がぴりぴりと肌を刺激する。
次の瞬間、僕たちの周囲に無数の光が
「針 の
キウンの台詞に呼応し、周囲の光が鋭利な針と化して僕たちへ襲い掛かってきた。針の
アルテミスを横目に見る。彼女は僕と
そのままアルテミスは僕と
「罵詈雑言じゃ死なない」
僕たちの手からレーザービームの如き光がキウンへと一直線に延びる。ブラックホールが光を通さぬ黒だとすれば、その光線は闇を通さぬ純白だった。目にも留まらぬ、それこそ光速を
キウンは足元に突き立てた刀を抜き取り、僕たちへ向けて
「だが、心は死ぬ」
アルテミスが空いた手で指を鳴らす。途端に耳をつんざく鋭い音が鳴り響き、眼前にまで迫った刀が刃先からひしゃげ、やがて
「終焉を約束されて穏やかでいられるものか」
キウンがそう言うなり、足元から星々からの非難の声が聞こえてきた。ルナでパニックに
『誰のせいだッ!』
『自分さえ良けりゃそれでいいのかよッ!』
『自分が少し長生きしたいがために、他の星を皆殺しにするって言うのッ⁉』
『ふざけないでよッ! アタシまだ生まれたばっかりなのにッ!』
『何でオレたちが滅ばなきゃならんのだッ!』
『王は何をやっているんだッ!』
『そいつを殺せッ!』
『殺せッ!』
『断罪だッ!』
『制裁だッ!』
耳が痛い。どれも正論だ。僕たちのせいで滅びの影響を受ける星々がいる。どれだけ言い
「それでも、と食い下がるか?」
考えを読まれていたようだ。僕たちは反論できず、地上より湧き起こる罵詈雑言の嵐に打ちひしがれる。
「無知は罪だと言うが、既知こそが罪なのだ。悪意の有無こそが罪を形成する。悪意には知識が――心が内在している。キサマの愚行は正しく悪そのものなのだ」
「……そうだよ。ボクは大馬鹿者さ」
繋いだ手を下ろし、アルテミスは言う。
「言い訳する気はない。
手に込められる力が強くなる。一見するとアルテミスは
だから、僕は彼女の手を強く握り返した。何があっても僕はアルテミスの味方だ。
アルテミスの震えが止まる。深く息を吐き出し、彼女は眼前のキウンを真っ直ぐ見据えて断言した。
「だから、滅びを
「滅される覚悟ができたか」
キウンが右手に新たな光を宿す。それはすぐに
物騒な得物を目の前にしてもアルテミスがたじろぐことはなかった。彼女は挑発的な表情さえ浮かべて、堂々と言い放つ。
「いいや、壊す覚悟ができたところさ」
「
キウンが
「一寸先は闇」
キウンの言葉を合図にして、音が途絶えた。視覚も機能していない。隣に立つ星の姿すらも視認できない。けれど、右手に握り締めた手の感触だけは残っている。これが彼女との縁。未知の向こう側にも行ける命の輝き。
彼女が求めた――真理。
「……アルテミス」
その名を呟くと、世界にヒビが入った。頭上より闇が砕け、天上より光が差し込んでくる。天使の羽すら見える。安らぎのイメージか。悪くない。僕にとってアルテミスは死の
「――――」
名を呼ばれた気がした。親から借り受けたものではない。親から授けられた、僕だけの
刹那、世界が光に包まれた。天国を
右隣にはアルテミスがいる。正面にはキウンがいる。得物である
僕たちは眼前の王へと
「これは
手から光が放たれ、それは、しかしキウンではなく、僕たちの足元へと垂直に落ちた。足元から同心円状に波紋が広がり、世界が色づいてゆく。
「僕と手を繋ぎませんか――ルナ」
バルドが教えてくれた。僕たち人間には思考する権利が与えられている、と。星たちが自らのお腹を痛めて命を生み出すように、僕たちも思考することで『無』から『有』を生み出すことができる。命を形作ることができる。
彼に与えよう。生命誕生の祝福を。彼にはその権利があるのだから。
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