5-2 背中越しの口論

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「星の衝突なんて日常茶飯事。宇宙全体で考えれば些末さまつな出来事さ。人間で言うなら、交通事故とか刃傷沙汰にんじょうざたとかそんなところかな。世界全体で考えれば些末さまつな出来事だろう?」


 そう語るアルテミスは眼前の光景を静観していた。視線の先では、二人の男性もとい星が互いににらみ合っている。いや、正確には片方が一方的に威嚇いかくしている状況だ。口髭くちひげを生やし、遠目にも長身だとわかる姿は見覚えがあるけれどいまいち自信がもてない。

 一方、にらまれた相手は平静そのものだ。精悍せいかんな顔つきで正面の男性を見据みすえている。確かアルテミスにトーチャーと呼ばれていた星だ。


些末さまつ……とは、言えないけれど」


 どのような事件、事故であろうとも、被害者の心境を考えればつまらない出来事だったと一蹴いっしゅうすることはできない。それを些末さまつと言える人間は人間とは言えない。心ない機械か、あるいは思考を捨てたけものだ。

 僕は周りを見渡した。見晴らしの良い丘陵きゅうりょうが広がり、水晶樹すいしょうじゅが一本も立っていない。至るところで地面がき出しとなっており、宇宙の闇を反射する水晶があらわになっている。まるで水晶の荒野だ。闘うには絶好の場所だとも言える。


「だから、誰もいないの?」


 この場には僕とアルテミス、そして眼前の二人しかいない。星同士の衝突が頻繁ひんぱんに発生しているとしても、野次馬根性を発揮するような低俗な連中はいないのだろうか。


「巻き込まれたくないのさ。飛び火すればタダでは済まない」

「どういうこと?」


 眼前の男性がえた。


「何だよ、文句があるならかかって来いよッ!」


(あ……グレンさん)


 ようやくわかった。あれはグレンだ。眼鏡を掛けていてくれれば、すぐにわかったのだけれど。

 グレンが口髭くちひげを歪ませると、正面でトーチャーが腕を組んだ。ローブから露になった腕は筋肉質で、闘いになれば彼が圧倒的有利であるように思えた。


「文句などありません。言いがかりです」

「何だとッ!」


 やはりグレンではないように思える。彼はこんなにも短気ではなかった。口調は悪いけれど、相手の話を聞くし、納得できれば修正するし、もっと聡明だった。

 僕が一歩前に歩み出ると、アルテミスは手で制した。隣を見遣ると、彼女はかぶりを振っていた。


「物理的に考えてごらん? 衝突に割り込めば怪我をする。ボクたちだって同じことさ。争いなんて百害あって一利なし。割り込むだけ損だとわかっているのさ」


 冷静つ堅実な判断だと思う一方で、薄情だと思う僕もいた。人情にあついほうではないけれど、星と人間とではやはり考え方も違うということなのだろろう。僕は改めて実感した。


「前に君とグレンさんが争っていた時、僕は割り込んだけれど、このとおりピンピンしている」


 アルテミスの拳はとても効いたけれど。思い出すだけでほおがヒリヒリする。


「あれは衝突じゃない。問題解決へ向けた議論さ。だからこそ、ボクたちはこうして会話できている。星の運命を変えたとなれば、キミはとっくに王の鉄槌てっついを受けているよ」


 アルテミスとグレンとの闘いが衝突だったなら、そこに介入し闘いを中断させた僕は彼らの運命を変えた大罪人ということなのだろう。星の一生を観測し続ける世界、ルナ。この世界で唯一の規律があるとすれば、それはきっと星々に干渉しないことなのだろう。


「けれど、このまま衝突したら……二人は、タダじゃ済まないんだろう?」

「そりゃそうさ。星が衝突すればどちらかが生き残り、どちらかが滅びる。あるいはどちらも、ね」


 一触即発の雰囲気を前にして、僕は唾を呑んだ。

 運命を変えてはならない。だからこそ、僕たちは宇宙に手を伸ばすばかりで一向に彼らに触れられないのだろう。けれど、だとすればレナの祈りを妨げた僕は大罪人なのだろうか。そのせいでレナの恩恵を受けるはずだった星々の余命は短くなった。あるいは、それすらも運命に組み込まれたということなのだろうか。

 わからない。けれど、衝突が星の崩壊につながるということくらい僕にもわかる。人間と星は身分が違う。寿命も違う。けれど、目の前で誰かが滅びゆく姿を静観するなど僕には我慢ならない。それが良き友人であると思えた相手ならば尚のことだ。知性があるからこそ、僕は運命に抗う気持ちを抑え切れない。

 尚も一歩踏み出す僕を見て、アルテミスは手を引っ込めた。そして、僕よりも先を進み、グレンとトーチャーの間に割って入った。

 突然の闖入者ちんにゅうしゃにグレンが眉根を寄せる。一方で、トーチャーは不機嫌なのか無表情なのかわからない半眼で彼女の様子をうかがっている。


「ん-? 何?」


 張り詰めた緊張感の中、アルテミスは不意にグレンと腕を組んだ。突拍子のない行動にグレンが目をいて驚愕する。


「もぉ~グレン~ウチとの約束ぅ、忘れたわけちゃうやろなぁ~???」


 何故なぜ関西弁。しかも似非えせだ。星だから当然と言えば当然だけれど。いや、この世界に関西弁という概念があるか知らないけれども。

 トーチャーが呆れた様子で肩をすくめる。


「約束を忘れるとは、いただけませんね」

「おい違うッ! これは罠だッ! ハニートラップだッ!」

「人間の真似事ですか」


 グレンらしからぬ物言いだった。トーチャーがきびすを返し、この場から立ち去ってゆく。


「おい待てッ! まだ話は――!」

「浮気かぁ~? うつつ抜かしとんのかぁ~?」

「うるせェッ! 気持ちわりい喋り方すんなッ!」

「おかしいかぁ~? おかしないよなぁ~? ウチ、エレベーター好きやんかぁ~? ほらなぁ~?」


 発音の問題ではないと思うけれど。しかも、例文の意味がよくわからない。

 アルテミスがグレンの腕を拘束したまま、こちらへと目配せをしてきた。しきりに片目をしばたたかせている。顔面ストレッチだろうか。こんな時に能天気だなぁ。

 アルテミスの目が血走り始めた。顔面崩壊しそうだ。そこでようやく僕は彼女の意図を察知した。小さくなりゆくトーチャーの背中を追いかけ、僕は駆け出した。


「なぁ~これからどこ行くぅ~? ウチくるぅ~?」


 背後から聞こえた声に総毛立った。

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