第5章

5-1 感情的戒め

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 人間は同じ種族同士で争います。それは人間に限った話ではありません。動物は元来、争う生き物なのです。食物連鎖がそう示しているように、『食べる』という行為が『暴力』に置き換えられるように、動物は生きるために他の生物を蹂躙じゅうりんし、捕食します。『命を頂く』と換言されますけれど、実際には『命を奪う』という殺害行為に他ならないのです。

 人間の話に戻しましょう。食物連鎖的に動物を殺すことは決しておかしいことではありません。それが命を繋ぐということなのです。けれど、人間が人間を殺すという行為は生きる上で必要なものではありません。人間は人間を捕食しません。無論、歴史を辿ればそういった事例も散見されますけれど、食料豊かな現代に生まれた僕たちはそれを必要としていません。それでも人間は人間を殺します。刺殺しさつ撲殺ぼくさつ轢殺れきさつ銃殺じゅうさつ……多種多様な手段があります。誰にでもできるのです。けれど、誰もそれを良しとしないのです。

 いいえ、良しとしないよう規律で定めているのです。逆に言えば、規律で定められていない場所では、人間は人間を殺すことを良しとします。生きるためではなく、他の目的をもって。言い換えるとすれば、人間は生きる上で不要な殺人を容易たやすく行うのです。それが良しとされていなくても、良しとされていても、です。無論、生きるために仕方がなく、所謂いわゆる『正当防衛』で相手を殺す場合もあります。過剰防衛と思うでしょうか。それは早計です。判断基準は曖昧ですけれど、それは場合によるので今は説明を割愛します。

 話を戻しましょう。何故なぜ人間は人間を殺すのか。それは人間に知性があるからです。知性が無ければ本能に従い、生きるために必要なことだけを行います。それは食料の調達から始まり、敵の排除、縄張り争いにも及びます。縄張り争いの結果、命を落とすことは滅多にありません。それはきっと、縄張りを守る以上の目的を持っていないからでしょう。けものには縄張りを犯した相手を殺す必要性がないのです。今、縄張りを守ることさえできればそれで良いのです。

 では、人間はどうでしょうか。知性があるからこそ、今後の脅威を取り除こうと動くことでしょう。一度縄張りを侵略してきた相手を『また襲われるかもしれない』という危惧の下、返り討ちにしようと――殺そうと考えるのです。

 一概に言えないかもしれませんけれど、人間は己の損得勘定のために、より良い生活を手に入れるために同じ人間を殺すのでしょう。同じステータスの存在から奪うことでしか、今以上のステータスは得られないのです。ゼロサムゲームの考えに近いでしょうか。どれだけ争いが起こったところで、人類全体の利益は常にゼロなのです。

 いいえ、違いますね。決してゼロにはならないでしょう。争いが起こる以上、利益は常にマイナスになります。単純な縄張り争いではないのです。より多くの被害を与えられるように、誰もが策略を巡らせます。その結果、勝者は少しの利益を、敗者は大きな損失をこうむるのです。

 何も人間だからということではありません。知性が――心が、そうさせるのです。他者に対する恐怖、羨望せんぼう嫉妬しっとといったマイナスの感情が人間を突き動かします。『自らの幸せのために』と一見ポジティブな感情が原動力のように見受けられる場合もありますけれど、それもまた実質的には他をうらやんでの行為に他ならないのです。

 星単位で考えるとどうでしょうか。星が他の星を侵略するという行為もまた、己の欲求のための行為と言えるでしょう。あるいは、そこに住まう知的生命体の欲求かもしれません。けれど、結局のところ星の総意であることには変わりがないのです。資源の枯渇、星の寿命、隕石の衝突……星の侵略には様々な因子が考えられます。他の星への脱出、共存をうたったところで、攻め入られた星からすればそれはただの『侵略』でしかないのです。

 ならば、返り討ちにしたところでそれは『正当防衛』にしかならず、どんな規律があろうとも良しとされるでしょう。知性ある者であれば、誰しも同じところに帰結するはずです。

 それは仕方がない、と。


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 刹那せつな、大地が鳴動した。青々とした芝が短く刈り揃えられ、き出しの宇宙を一望できる丘陵地帯きゅうりょうちたいにてぼんやりと星々を眺めていた僕は、咄嗟とっさに王城方面へと視線を向けた。他の建物が見えずとも高くそびえ立った王城だけは視認できる。地球とは構造自体が異なるこの世界で建物の倒壊など杞憂きゆうにも程があるけれど、何事も起こらないまま揺れが収まったことに僕は幾許いくばくか安堵した。

 王城を眺めていると、自然と天辺てっぺんの展望台へと視線が吸い寄せられた。今は亡き彼女へと想いをせ、僕は少しばかり感傷に浸る。


「誰か争いを起こしたみたいだ」


 暢気のんきにもそう言ったのはアルテミスだった。近くの水晶樹すいしょうじゅの上から軽やかに飛び降りる。重力を感じさせない見事な着地だった。ローブがふわりと空気を含み、ダンスレッスン着を思わせるラフな格好があらわになる。


「争い?」

「あるいは衝突の前兆だね。揺れるということは存在が危ぶまれるということなのさ。ぶれる、と言ったほうがわかりやすいかな」


 どちらにしてもよくわからない理屈だった。ともかく、星同士が争いを始めるとこの世界は地響きを起こすようだ。星の魂が集う世界、ルナ。僕が生きていた宇宙とは別の位相に存在しており、その役割は星の一生を観測し続けることにある。己にとって命とは何か、星々は死の間際にその真理へと到達し、その向こう側へとく。命を育み、命をつなぐ。バルドやレナがそうしたように、皆が皆、未来をおもいい歩んでいる。

 ならば、僕は何のためにここへ導かれたのだろうか。きっとこれは僕が自らの弱さを克服こくふくし、今後の“在り方”を見つける旅路なのだ。

 アルテミスは僕に背を向け、王城がある水晶地帯から遠ざかる方角へと進んでゆく。


「場所がわかるの?」

「ああ! むしろわからないのかい?」


 彼女に悪意はないのだろうけれど、見下されたように感じられ、僕はムッとした。考え過ぎなのはわかっている。ネガティブ思考を止めるべく、僕はアルテミスの背を追いかけた。


「は~ん! 困ったちゃんだなぁ~! これしきのこと、わかってくれよ~ん!」


 考え過ぎではなかったようだ。僕は眼前の星へと肩を並べながらも怒りを充填じゅうてんさせる。あと何回か蓄積されれば、僕にも局所的な揺れを起こせそうだった。

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