4-7 輝けない一瞬を
10
僕はレナを抱えたまま展望台へとやって来た。『行きたい』という彼女の申し出があったからだ。アルテミスは階下で追っ手を見張ってくれている。彼女らの行動の意味がわかるだけに、僕は辛さを隠し切れなかった。
レナはいつもの場所から遠い宇宙を眺めていた。僕は彼女の斜め後ろからその様子を眺める。
「……ありがとう、ここへ連れてきてくれて」
「とんでもないです。連れ出したのは僕ですから」
「いいのよ。連れ出してくれなければ、ヴェルとお喋りもできなかったし、どのみち何らかの手段で強引に連れていかれていたはずだから。あの子……アルテミスにもお礼を言わなくちゃ」
レナは振り返ってにこりと笑んだ。ヴェルと話す時とも異なる、純粋無垢な笑みだった。大人びた彼女が今だけは少女のように感じられる。
「伝えておきますよ」
「駄目よ、自分の口で言わなくちゃ意味がない。でも……ええ、そうね。先に伝えておいてもらえると助かるわ」
「はい、必ず」
僕はレナと肩を並べ、同じ方角を眺めた。大小様々な星々が輝いている。彼らのほとんどが恒星によって輝かされているのだと思うと、レナの偉大さに改めて敬愛の念を抱いた。
「最期にこうしてアナタとお喋りできて、楽しかったわ……いいえ、嬉しかった」
最期――その言葉に僕の胸は締め付けられた。たとえ祈りを妨害できたとしても、彼女の魂がすり減っていることには変わりがない。遠からず、彼女は消失する。
死は無に直結しない。彼女が遺したものは新たな生を育み、新たな出会いへと
僕の拳を包みこむように、レナがそっと手に触れる。目を見開き、僕が顔を向けると、レナは目を細めて微笑んだ。
「アナタがくれた一瞬を、アタシは決して手放さない。今この瞬間が、アタシにとっての永遠になる」
遠くで何物かが暖色に輝いた。太陽だろうか。それともそれに類する恒星だろうか。冷たい色が広がるばかりのルナに暖かい色が差し込む。あっという間に僕たちの横顔は夕暮れ色に
「……
僕は夕日色の炎へと目を向けた。決して直視してはならないものであると本能が察知しているのに、何故だか見ずにはいられない。目を細め、王からの慈悲を凝視する。
「アタシは他者のためだけに生きていた。それが幸福だと思っていたし、間違いだったなんて思わない。それでも、こうして何も気負うことなく穏やかな時間を過ごすのも悪くないと思える。長いようで短い、至福の瞬間」
レナは僕から手を放し、自身の胸元に手を当てる。
「輝けない瞬間があると認めること、それが生きるということだと――真理だと思ってた。でも、今わかった。輝けない瞬間があると認めてくれる存在がいること、それこそが真理だった」
命とは何か。レナにとって、それは他の星々のために尽くすことだった。責務であり
レナが僕を見つめる。全て見通している目をしていた。
「アタシは真理を受け入れる。そして、その向こう側へと
星の一生を観測し続ける世界、ルナ。僕が生きる世界とは別の位相に座するこの世界での死が、僕の生きる時代と重なる瞬間があるのか、今の僕にはわからない。遥か未来に起こることもかもしれないし、あるいは遥か昔に起こったことかもしれない。けれど、彼女と出会う可能性が残されているのなら、僕は再会の意を込めてこう伝えたい。
「また、お喋りしましょう。話したいことがたくさん……たくさん、あるんです」
「……ええ。また、お喋りしましょう」
僕は微笑む。レナも微笑む。夕暮れ色に溶けゆく彼女の姿を決して見ないように、眩しさを増してゆく
「マイナスの存在なんて、どこにもないのよ。そう思っているのは、アナタだけ。アナタの一瞬がアタシの永遠になるように、アナタの一瞬はアナタの永遠になる」
生きていれば、つまらない日常も永遠のように尊く感じられる。つまらないものなどない。気付いていないだけなのだろう。
「アナタ、名前は?」
「デジャヴ、ですね」
僕は軽く笑い、
「……僕の、名前は――」
レナが最期にどんな表情を浮かべたのか、僕にはわからない。きっと微笑んでいたのだろうと思う。
第4章 了
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