4-6 祈り果てし者
7
水晶地帯に入り、王城へ向かう道を脇に逸れた場所にある
洞窟内部は全面が水晶で出来ており、まるで鏡の部屋のように侵入者の姿を幾重にも映し出すせいか、幻想的であると同時に薄気味悪さを感じさせる構造をしている。
「祈りの間。その名のとおり、星が祈りを捧げ、自らの縁を――命を他者に
洞窟に入る直前、アルテミスはそう言った。祈りを捧げる星のみが入ることを許されるという。通常、誰も立ち入ることがない空間は
「規律は犯された。ボクたちは彼女を秩序の
アルテミスの呼びかけに僕は
洞窟に足を踏み入れ、水晶張りの道を進むと開けた空間に出た。鏡のような反射は抑えられ、代わりに宝石のような
僕たちの足音に気付いたのだろう、集団がこちらを振り返りぎろりと睨みつけてきた。心なしか
「立ち去れ。祈らぬ者がここに立ち入ることは禁じられている」
集団の一人が不気味なほど平坦なトーンで言う。まるで機械か人形のようだ。
アルテミスは余裕のある笑みを顔に貼り付ける。
「愚かだね。誰が立ち入りを禁じているんだい? 誰が許してくれるんだい? 王様? あり得ない。彼は管理者ではなく監視者だ。ボクたちの鑑賞はできても干渉はできない。ただの舞台装置。生きてなどいない。キミたちが規律――『暗黙の
「だから何だと言うのだ? 価値が無くなったところで意義は残っている。第三者に彼女の祈りを否定することなどできない」
アルテミスが目を細める。視線の先ではレナが微動だにせず、祈りを捧げている。不意に彼女の周囲に光の障壁が出来上がり、眼前の集団は弾かれるように後退した。彼女は
僕たちを取り囲む水晶がより一層輝き出す。光を乱反射し、空間が白で満たされる。
8
――アナタは何を望むの?
頭の中に直接声が響く。
――アナタは何のためにここまで来たの?
(僕は……レナさんを、連れ戻すために来ました)
――アナタには相手の真意がわかる?
(真意……?)
――アナタはどうして展望台へやって来たの?
いつの日のことを
どちらでも変わらない。僕が展望台へ
――アナタには天体望遠鏡の無くなっていた理由がわかる?
(……見られたくなかった、ですか)
疲れ切った自分の姿を、輝き過ぎた自分の姿を、終わりを迎える自分の姿を、誰にも見られたくなかった。見られるくらいなら身を投げ出したい思いだった。自らの責務を全うできないことが自身の
――アナタには相手の真理がわかる?
(……輝けない瞬間もある、んですね)
笑い声が聞こえたような気がした。吹っ切れたような、見世物を面白がるような、嬉々とした声。
――アナタには自分の真理がわかる?
(……まだ、わかりません。けれど――)
バルドが人間と共に歩むことを、彼女が輝けない自分を受け入れることを真理と称するなら、僕にとっての真理はきっともっと身近にあって、単純なことなのだろう。それは日常の中で覚える
(……真理なんてわからなくても、展望台へ行ったことが間違いじゃないってことは、わかります)
たとえ現実逃避だとしても、自分の弱さを
(……貴方には、相手の真意がわかりますか?)
頭に響く声が息を呑んだ。僕は構わず問い続ける。
(貴方は、どうして祈りを捧げるんですか?)
――命を分け与えるため。それが最期の責務だから。
(貴方は、今、それを望んでいますか?)
――望んでいるわ。それがアタシの
(では、貴方は……今、何を考えていますか?)
――何も考えていないわ。
(では、貴方には……相手が何を考えているか、わかりますか?)
――わかるわ。手に取るように、ね。アナタは……諦めていないのね。
(改めて
――ええ、わかるわ。アナタは……待っている。
(貴方は、相手の期待に応えられますか?)
――意地悪ね。当然じゃない。それがアタシの
(貴方は、自らの
――無理ね。でも、弱音を吐きたくなる時もある。
(貴方は、真理の先に何を求めますか?)
――何も求めないわ。真理とは到達点。だからこそ、終わる間際に気付くのよ。
(それなら……貴方の真理とは、何ですか?)
――知っているくせに
(貴方は、真理を受け入れられますか?)
――わからない。
(僕は……貴方の真理を、受け入れます)
――やめてよ。アタシは。
白の世界はやがて暗転し、頭に響く声は夜更けの子守唄のように闇の中へと溶けていった。
9
目を開くと、レナの周囲を取り囲む光の障壁は無くなっていた。眼前の集団は自身の手のひらを見つめ、やがて正面のレナへと叫びかけた。
「何故だッ⁉ 何故失敗したッ⁉」
「レナゴールドッ! キサマ、我らを
「今更命が惜しくなったのかッ⁉ 恥を知れッ! オマエはもう、尽きる
怒号が飛び交う中、僕はレナへ向かい一歩踏み出す。制止しようとする眼前の男性へとアルテミスが手を伸ばし、手首を
「レナさん、僕は……他者に命を与えるなんて、
レナの背後から、僕は尚も祈り続ける彼女の肩を掴み、強引に振り向かせた。
彼女は――涙を流していた。整った顔が
「貴方に、祈りを捧げます。僕の一瞬を、貴方の一生に――捧げます」
輝けない日を、決して彼女らしいとは言えない日々を、レナに捧げたい。彼女の
レナはより一層表情を歪ませ、
「まだッ……まだ、死にたくないッ……! アタシ、はッ……
この世界にもっと生を刻みつけたい。つまらない日常を
「どんな貴方も美しい。輝けなくても、貴方は――レナさんです」
レナは輝き過ぎた。けれど、輝けなくても彼女はレナだ。矛盾しているけれど、そんな彼女もきっと輝く。周りを輝かせ続ける。そんな彼女を僕は魅力的に感じたのだ。
僕はレナを引き寄せ、身体ごと腕に抱える。重さを感じない。魂がすり減っているのだろうか。それとも、僕の魂が密度を増しているのだろうか。
「よそ者が邪魔をするなッ!」
「キサマ、何をしているのかわかっているのかッ⁉」
「我らの寿命が縮むということは、宇宙全体の寿命が縮むということだぞッ!」
「身勝手な奴めッ! 王の
「さっさとその星を戻せッ!」
他者が不幸になる姿は見たくない。けれど、縁で
「うるさいッ‼ お前らが死ねッ‼ このクズがッ‼」
喉が張り裂けそうだった。初めてこんな大声を出したように思う。眼前の集団にとっても大人しそうな外見をした僕が声を荒らげるのは予想外だったようで、面食らった様子でたじろんでいる。その隙に僕は正面のアルテミスを見遣る。
「アルテミスッ!」
「おうよ!」
アルテミスは両手に光の球を生み出し、頭上に高く投げ出した。二つの光球は空中で一つに合わさり、すぐに眩い光となって空間ごと包み込んだ。眼前の集団は目が
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