4-5 切り裂ける秩序
6
「誰だい?」
不意に眼前へと現れた集団へ向け、アルテミスが能天気に問いかける。隣でレナが眉をひそめている。
王城を目印にして、ヴェルを水晶地帯へと送り届けていた道中のことだ。丁度、青々とした芝と光鮮やかな水晶との境界に差し掛かったところで、僕たちは五、六人の男女に行く手を
道脇に
「ワタシはシィマ。レナゴールドよ、今回の件、どう責任をとるつもりだ?」
今にも声を上げそうになる僕を手で制し、レナが静かに応じる。
「……わかってるわ。今回の
「でも――」
「希望を見せたなら、最期まで見せ続けなければならない。それが恒星の責務であり、アタシの
「わかっているなら話が早い」
僕が眼前のシィマを睨みつけると、彼は不機嫌になるわけでもなく参った様子で肩を
「テラ、と言ったか。太陽系のキミにはわからないだろうが、我々の銀河は彼女なしでは生きてゆけない。彼女が生まれたことで
「だったら、尚のこと彼女に感謝すべきではないかい?」
アルテミスが口を挟んだ。僕の
「感謝しているさ。だが、感謝の念だけでは生きてゆけない。我々の星に住まう生物は既に死に絶え、我々自身も
「生物については
「そうでもないのよ」
レナが首を横に振る。皆の視線が彼女へ注がれる。
「確かに身体に影響はないわ。けれど、精神には――魂には影響が及ぶ。愛しい我が子を失った彼らの気持ちは計り知れない。アタシにもわからない。だからこそ、アタシには彼らの
「キミは賢い。ならば、どうすべきかわかっているだろう?」
シィマからの問いに応じる形でレナが彼らへと歩み寄ってゆく。伸ばした手は
「何を、するつもりですか……?」
「祈りを捧げるのだよ」
シィマを残して、他の集団がレナを連れ去ってゆく。アルテミスが追いかけようとすると、シィマが行く手を阻んだ。アルテミスが上目遣いで睨みつけるものの、彼は冷静な態度を崩さない。
「彼女の身体は粉々に砕け散った。残されたものは大きな闇のみ。ああして魂が残っていることが不思議なほどだ。一体どんな手を使ったのか興味深いな」
「キミのような恩知らずには一生かかっても思いつかないだろうね」
「だろうな。ワタシは個よりも多を重んじる。キミの考えとは
僕の隣でヴェルが不安そうに震える。僕はその肩に手を置き、安堵させようと微笑んでみせる。けれど、不慣れだったせいか逆効果だったようだ。彼女は眉尻を下げ、より不安そうな面持ちとなった。
レナの姿が見えなくなると、シィマは重い息を吐いた。
「彼女に残されたものは魂だけ。ならば、残された者たちへと祈りを捧げ、命を分け与えることが道理だろう」
意味がわからず、僕はアルテミスを見た。彼女は苦々しく答える。
「……祈りとは、他者への想いを
アルテミスが展望台への
「死者への祈りはその者に
「レナは祈りをもって、我々に残された命を分配する。それが恒星の宿命なのだ」
「違うね。祈りは義務ではなく、感情によって為される行為だ。
アルテミスが激怒している。表情こそ穏やかなものの、その口調、立ち居振る舞いからは激情が溢れ出している。
「彼女に迷いを植え付けたキミたちこそ
「知るべきことも知らせずに決定させるなんて、それこそ
「構わない。先ほども言ったように、ワタシは個よりも多を優先している。彼女の尊い犠牲が我々の
「彼女を『犠牲』と
アルテミスが一歩下がり、右手に光球を生み出した。グレンとの闘いが思い返された。譲れないものがあるのなら、力づくでも押し通るしかない。議論だけで決着がつくのなら、平等な世界などあり得ないのだ。それはわかっている。わかっているけれど、どうしても納得ができない。
理由は明白だ。今ここにレナの考えがないからだ。第三者の意見同士がぶつかり合ったところで何の意味もない。決めるべきはレナだ。
「……レナさんは、それを望んでいるんですか?」
「望んでいるだろう。でなければ、我々に従うはずがない」
「違います。レナさんは……皆さんのことを、一番に考えていました。だから、ストレスが溜まっても、他にやりたいことがあっても、皆さんのために行動していました。だから、今回だって……皆さんのため、レナさんは嫌なことも引き受けてくれたんです。そうだと、思わないんですか?」
「それが彼女の望みなら何も間違っていないだろう」
「彼女が本当の望みを口にするわけがないじゃないですかッ……! 皆さんを一番に考えていた彼女が、死にたくないからって、恒星の責務から逃げ出せるわけ、ないじゃないですかッ……!」
「彼女は既に死んでいる。辛うじて魂は残っているが、それも遠からず闇に呑まれて消失する。ならば、今のうちに残されたものへと
「
シィマが眉根を寄せる。
「心、か。実に人間らしい思考だ。さすが地球。愚かなる星よ。綺麗事だけで宇宙が回っていると思ったら大間違いだ」
「綺麗事なくして宇宙が回っているわけでもないでしょう……? レナさんだって、一つの星です。彼女の我がままを聞いたって、広大な宇宙では
「くどいですよ」
誰が発した言葉なのか、僕には判然としなかった。シィマかと思ったけれど、当の彼は次の瞬間には地面に後頭部から叩きつけられていた。一瞬のことだったけれど、スローモーションのようにも見えた。
彼の頭を
「押し通るのでしょう?」
二十代後半と思しき男性の外見をしていた。
「騒々しくて昼寝もできません」
男性がふわぁっと
いや、昼寝って。
星の中にもセレーネのように昼寝する者はいるけれど、木の上で眠る者は初めて見た。現実でも見たことがない。漫画の読み過ぎなのかもしれない。
男性が僕に流し目を向ける。
「偏見ですよ」
この星も僕の思考を読むのか。段々と慣れてきたため今更驚かない。
「やあトーチャー! ありがとう! 先を急ぐからまた後でね!」
トーチャーと呼ばれた星は
「もう帰れる?」
ヴェルが
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