4-5 切り裂ける秩序

 6


「誰だい?」


 不意に眼前へと現れた集団へ向け、アルテミスが能天気に問いかける。隣でレナが眉をひそめている。

 王城を目印にして、ヴェルを水晶地帯へと送り届けていた道中のことだ。丁度、青々とした芝と光鮮やかな水晶との境界に差し掛かったところで、僕たちは五、六人の男女に行く手をはばまれた。さながら番人のように腕組みし、僕らをめつけている。よわいは人間で言えば二十代から五十代と幅広く、容姿にも統一性がない。恐らく共通事項はレナに関わる星だということだろう。

 道脇にたたずむ背の高い水晶樹すいしょうじゅがちっぽけな僕たちを照らしてくれている。中央に立つ壮年の男性がリーダー格なのだろう。一歩前に出て、レナへ向かい言い放つ。


「ワタシはシィマ。レナゴールドよ、今回の件、どう責任をとるつもりだ?」


 今にも声を上げそうになる僕を手で制し、レナが静かに応じる。


「……わかってるわ。今回の超新星ちょうしんせいは多くの星に影響を及ぼした。育んだ命は失われ、アナタたち星の寿命もまた縮む結果となった。責務を全うできなかったアタシの失態ね」

「でも――」

「希望を見せたなら、最期まで見せ続けなければならない。それが恒星の責務であり、アタシの矜持きょうじでもある。それを果たせなかったのはアタシの落ち度。彼らの指摘はもっともなのよ」

「わかっているなら話が早い」


 僕が眼前のシィマを睨みつけると、彼は不機嫌になるわけでもなく参った様子で肩をすくめた。


「テラ、と言ったか。太陽系のキミにはわからないだろうが、我々の銀河は彼女なしでは生きてゆけない。彼女が生まれたことでようやく命が始まったと言ってもいい」

「だったら、尚のこと彼女に感謝すべきではないかい?」


 アルテミスが口を挟んだ。僕の一瞥いちべつにも目をくれず、彼女は眼前の集団から目を離さない。彼女の考え方は悪しき者を罰することに比重を置いている。今までの恩義を忘れて、身勝手にもレナを非難する彼らをゆるせないのだろう。


「感謝しているさ。だが、感謝の念だけでは生きてゆけない。我々の星に住まう生物は既に死に絶え、我々自身も瀕死ひんしの状態だ」

「生物についてはつつしんでお悔やみ申し上げるよ。ご愁傷様しゅうしょうさま。けれど、キミたち自身の寿命が縮んだ原因を彼女に押し付けるのは違うんじゃないかい? それは責任転嫁だよ」

「そうでもないのよ」


 レナが首を横に振る。皆の視線が彼女へ注がれる。


「確かに身体に影響はないわ。けれど、精神には――魂には影響が及ぶ。愛しい我が子を失った彼らの気持ちは計り知れない。アタシにもわからない。だからこそ、アタシには彼らの激情げきじょうを受け止める義務があるのよ」

「キミは賢い。ならば、どうすべきかわかっているだろう?」


 シィマからの問いに応じる形でレナが彼らへと歩み寄ってゆく。伸ばした手はくうを切り、ピンクゴールドの後ろ髪が僕の手をかわす。


「何を、するつもりですか……?」

「祈りを捧げるのだよ」


 シィマを残して、他の集団がレナを連れ去ってゆく。アルテミスが追いかけようとすると、シィマが行く手を阻んだ。アルテミスが上目遣いで睨みつけるものの、彼は冷静な態度を崩さない。


「彼女の身体は粉々に砕け散った。残されたものは大きな闇のみ。ああして魂が残っていることが不思議なほどだ。一体どんな手を使ったのか興味深いな」

「キミのような恩知らずには一生かかっても思いつかないだろうね」

「だろうな。ワタシは個よりも多を重んじる。キミの考えとは相容あいいれないのだよ」


 僕の隣でヴェルが不安そうに震える。僕はその肩に手を置き、安堵させようと微笑んでみせる。けれど、不慣れだったせいか逆効果だったようだ。彼女は眉尻を下げ、より不安そうな面持ちとなった。

 レナの姿が見えなくなると、シィマは重い息を吐いた。


「彼女に残されたものは魂だけ。ならば、残された者たちへと祈りを捧げ、命を分け与えることが道理だろう」


 意味がわからず、僕はアルテミスを見た。彼女は苦々しく答える。


「……祈りとは、他者への想いをけ橋にして繋がるための手段だ」


 アルテミスが展望台へのけ橋を築いたことを思い出す。あれは僕とレナとの縁を利用してアルテミスがつくったものだ。彼女の行為もまた『祈り』だったのだろうか。あるいは、僕の『祈り』がレナに届いたということなのかもしれない。


「死者への祈りはその者に安寧あんねいをもたらし、生者への祈りは受けた者に祝福をもたらす」

「レナは祈りをもって、我々に残された命を分配する。それが恒星の宿命なのだ」

「違うね。祈りは義務ではなく、感情によって為される行為だ。超新星爆発ちょうしんせいばくはつを起こした恒星の多くは残された星々に命を分け与えるけれど、それは当事者の意志によって決定される。それこそが道理だ。キミたちに決められることではない。傲慢ごうまん乞食こじきめ、恥を知れ」


 アルテミスが激怒している。表情こそ穏やかなものの、その口調、立ち居振る舞いからは激情が溢れ出している。


「彼女に迷いを植え付けたキミたちこそ傲慢ごうまんだろう。何を吹き込んだのか知らないが、キミたちさえ現れなければ、彼女は自然と我々のもとへと参上していた。我々が迎えに来る必要もなかったということだ」

「知るべきことも知らせずに決定させるなんて、それこそ傲慢ごうまんだと言っているんだよ、卑怯者ひきょうもの。キミたちの行いは不誠実だ」

「構わない。先ほども言ったように、ワタシは個よりも多を優先している。彼女の尊い犠牲が我々のかてになる。元来がんらい、生命とはそうして生きつないできたのだ。納得いかないのであれば、それこそ道理ではない。自然の摂理せつりに反している」

「彼女を『犠牲』ととらえるキミたちに彼女を任せてはおけないと言っているんだよ」


 アルテミスが一歩下がり、右手に光球を生み出した。グレンとの闘いが思い返された。譲れないものがあるのなら、力づくでも押し通るしかない。議論だけで決着がつくのなら、平等な世界などあり得ないのだ。それはわかっている。わかっているけれど、どうしても納得ができない。

 理由は明白だ。今ここにレナの考えがないからだ。第三者の意見同士がぶつかり合ったところで何の意味もない。決めるべきはレナだ。


「……レナさんは、それを望んでいるんですか?」

「望んでいるだろう。でなければ、我々に従うはずがない」

「違います。レナさんは……皆さんのことを、一番に考えていました。だから、ストレスが溜まっても、他にやりたいことがあっても、皆さんのために行動していました。だから、今回だって……皆さんのため、レナさんは嫌なことも引き受けてくれたんです。そうだと、思わないんですか?」

「それが彼女の望みなら何も間違っていないだろう」

「彼女が本当の望みを口にするわけがないじゃないですかッ……! 皆さんを一番に考えていた彼女が、死にたくないからって、恒星の責務から逃げ出せるわけ、ないじゃないですかッ……!」

「彼女は既に死んでいる。辛うじて魂は残っているが、それも遠からず闇に呑まれて消失する。ならば、今のうちに残されたものへと灯火ともしびをくれてやるのが、彼女にとっても一番だろう」

灯火ともしび、ですか……レナさんはまだ『真理』にだって到達していない……まだ、旅の途中なんです。なのに、『今からみんなのために死んでくれ』って……シィマさんに、心はないんですか……?」


 シィマが眉根を寄せる。


「心、か。実に人間らしい思考だ。さすが地球。愚かなる星よ。綺麗事だけで宇宙が回っていると思ったら大間違いだ」

「綺麗事なくして宇宙が回っているわけでもないでしょう……? レナさんだって、一つの星です。彼女の我がままを聞いたって、広大な宇宙では些末さまつなこと。だったら――」

「くどいですよ」


 誰が発した言葉なのか、僕には判然としなかった。シィマかと思ったけれど、当の彼は次の瞬間には地面に後頭部から叩きつけられていた。一瞬のことだったけれど、スローモーションのようにも見えた。

 彼の頭を鷲掴わしづかみにしている人影は屈んでいた身体をゆっくりと起こし、僕たちを振り返った。シィマは白目をいて気絶している。


「押し通るのでしょう?」


 二十代後半と思しき男性の外見をしていた。精悍せいかんな顔つきをしており、髪は短く、声は異様なまでに低い。ローブの下では黒のブイネックシャツにカーキ色のカーゴパンツ、そして黒のミリタリーブーツという軍隊を思わせる恰好かっこうをしており、シャツの下から隆起りゅうきしている筋肉が彼のたくましさを強調している。口許くちもとを真一文字に引き結んだ外見からは朴訥ぼくとつな印象を受ける。


「騒々しくて昼寝もできません」


 男性がふわぁっと欠伸あくびみ殺す。どうやら水晶樹の上で昼寝していたようだ。

 いや、昼寝って。

 星の中にもセレーネのように昼寝する者はいるけれど、木の上で眠る者は初めて見た。現実でも見たことがない。漫画の読み過ぎなのかもしれない。

 男性が僕に流し目を向ける。


「偏見ですよ」


 この星も僕の思考を読むのか。段々と慣れてきたため今更驚かない。


「やあトーチャー! ありがとう! 先を急ぐからまた後でね!」


 トーチャーと呼ばれた星は緩慢かんまんとした動作で手を振ると、きびすを返し、水晶樹の上へと軽々と跳躍した。


「もう帰れる?」


 ヴェルがうなずくのを確認してから、僕はアルテミスを追いかける形で水晶地帯へと入っていった。

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