4-4 まるで死に際

 4


 螺旋階段を降りたところで僕は辺りに静寂が立ち込めていることに違和感を覚えた。誕生祭の時も見回りは最低限だったけれど、それにしても静か過ぎる。門前の喧騒すら聞こえてこない。


「門を固く閉ざしているのさ」


 アルテミスが事も無げに言う。先導するレナについてゆくと、庭園の隅で切れ込みが入った地面を見つけた。アルテミスが手のひらに生み出した光の刃を使い、てこの原理で持ち上げると、地下へ続く階段が現れた。人一人分が通ることができる道幅となっており、足場も壁面も全て闇夜の如く美麗な水晶でいろどられている。レナが先に入り、僕、アルテミスと続く。

 地上へのふたを閉じると、階段の左右から奥へ向かって照明が灯り始めた。ランタンのような形をしているけれど、中身は燃料不要の光球だった。ヒールの音だけがカツカツと地下に響き渡る。


「城は王の管理下にある。強引に入ろうものなら王の『規律』により排除される。騒音でさえも、ね」


 ドレスコードにより服装が変わった時のことを思い出す。敷地内に足を踏み入れた時点で王への忠誠を誓っているも同義なのだ。有無を言わさず『規律』に従わせられて当然ということだろう。レナとの出会いもあの夜だったことを思うと、こういった形で彼女と再会したことが皮肉のように思えた。


「ボクたちが到達できたのはキミとレナとの間に深い縁があったからさ。王城内にいるレナにとって、キミは招かれざる客じゃなかったということだよ。この抜け道も王の『規律』に穴をつくるのに一役買ったんだろう」

「ふふん」


 レナがしたり顔で振り返る。『規律』の穴までは想定していなかったはずだけれど、元気を取り戻したようで安心したため「さすがですね」とお世辞を口にしてみた。鋭く睨みつけられたため「冗談です」と謝った。間違いない、彼女は正真正銘レナゴールドだ。

 地上に出ると、そこは丘陵地帯きゅうりょうちたいとの狭間にある墓地だった。光の柱がいくつも立ち並んでおり、星の最期を否応なしに想像させる。

 レナを一瞥いちべつし、足早にその場を立ち去ろうとしたけれど、当のレナは墓標の前でしゃがみ込み、合掌して祈りを捧げていた。地球の、しかも特定の地域の習わしに合わせてくれているのだろうか。


「この道を造ってから、祈りを捧げる機会が増えたわ。展望台とここだけは誰も話しかけてこない。アタシの気が休まる場所」


 だからこそ、彼女は墓標の近くに抜け道を造ったのだろう。

 手で促され、僕は彼女と場所を入れ替わる形で墓標の前にしゃがみ込んだ。光柱に触れると、頭の中に星の名前と命日が浮かんできた。


「あ……」


 バルドだった。本名はバルディエラ。太陽系から離れた銀河にある惑星だ。

 僕は合掌し、瞑目めいもくする。今だけは全て忘れ、バルドにだけ祈りを捧げる。彼と出会っていなければ、僕は思考の旅路につかず、アルテミスに連れ回されるだけの観光客になっていたことだろう。二つの感謝を彼に捧げる。僕を未来へ続く旅路に着かせてくれたことに、そして、僕とお喋りするために生き続けてくれたことに。いや、三つ目があった。生まれてきて良かったと思わせてくれたことに、『ありがとう』を。

 目を開く。立ち上がり振り返ると、レナとアルテミスが微笑んでいた。

 彼女らから学んだことも数知れない。今、僕にできることは何だろうか。存在意義なんて大層なものでなくていい。誰か一人だけでも幸せにできたなら、人生なんて及第点なのだ。今、僕はバルドを幸せにできたと断言できる。だから、残りの人生はボーナスタイムだ。気持ちを楽にして、如何いかに多くの人を幸せにできるのか、それだけを目指す旅路だ。


「行きましょう」


 レナとアルテミスがうなずく。行き先なんて決めていないけれど、レナが望むものはわかっている。彼女は心休まる一時ひとときを、恒星としてではなく一つの星として他者と触れ合い、縁を紡ぐことを望んでいる。

 ならば、それを叶えたい。僕にもできる。彼女が困難だと思っていたことでも、第三者である僕になら容易にできる。案外、人生とは客観的に見れば容易いものなのだ。逆に言えば、主観的にはずっと辛いものなのかもしれない。だからこそ、縁に頼るのだ。他者に頼るのだ。

 鏡が笑えば、きっと自分も笑えるようになる。


 5


「おばちゃん、誰?」


 ヴェルの発言に、レナはこめかみに青筋を浮かばせた。満面の笑みだったことが更なる恐怖を覚えさせる。

 丘陵地帯きゅうりょうちたいの奥、水晶樹すいしょうじゅも目立った傾斜もない平らで広々とした空間にヴェルはいた。一人で空の流れ星を追いかけていたところ、見知らぬところに来て参っていたという。王城を目指せば皆のところに戻れることは周知の事実であるため、実は困っていないと見受けられる。

 少女に悪意はない。ただ、適切な言葉を知らないだけなのだろう。アルテミスを『お姉ちゃん』と呼び、僕を『お兄ちゃん』と呼び、グレンを『おじちゃん』と呼んだ彼女には、残された呼び方がそれしかなかったのだ。

 そう都合良く解釈し、レナに言い聞かせるものの、ヴェルを見下ろす視線はとても冷ややかなものだった。

 初手でしくじったと思った。今にも泣き出しそうなヴェルを前にして、僕があたふたしていると、アルテミスは弾けるような笑顔で言った。


「彼女はレナ! 老けて見えるけれど、ジ・ツ・ハ……ボクよりも若いので~す☆」


 なんてことを。

 空気が読めないにも程がある。レナの顔が般若はんにゃの面に見えてきた。幻覚だと思いたい。


「あ……ごめんなさい、若いお姉ちゃん」


 なんてことをッ!

 それは逆効果だ。『とりあえずお世辞言っておかないと!』みたいな言い方になっている。彼女にその気がなくても、それではレナの感情を逆撫でするようなものだ。

 レナを見遣る。最早悪魔の如き形相となっていた。折角の美人がもったいない。


「ねえねえ若いお姉ちゃん、さっきぴっかり光ったの、見た?」


 ヴェルの発言に場が静まる。僕の視線を受け、レナが穏やかな微笑をたたえて答える。


「ええ、見たわ。眩しかったわね。あれ、アタシなの。超新星ちょうしんせい起こしちゃった。驚いた?」

「うん! すっごく眩しかった! ……身体、大丈夫?」


 上目遣いで心配するヴェルに怒りを削がれたのだろう、レナはその場にしゃがみ込んで彼女と目線を合わせた。


「平気よ。アタシ、強いから」

「そうだね! 強そうだね!」


 無邪気なその発言に怒りを覚える者は誰もいなかった。レナとヴェルは和んだ様子でお喋りを始め、僕たちもそれに交ざってしばらく会話を楽しんだ。

 レナにとって、好きでもない相手と関わる時間は苦痛だったのだろう。それがストレスとなり、爆発した。彼女にとって、自分を曲げずに気楽にいられる時間は、とても重要で幸せなものなのだろう。

 今頃になってそれがわかり、僕は心を痛めた。もっと早く気付いていれば、彼女は爆発せずに済んだかもしれない。僕が気付くほどだ、彼女はそのことにとっくに気付いているのだろう。ヴェルと喋る彼女が不意に見せる沈黙は、何か感情をこらえているように見えて、僕の胸をより強く締め付けた。

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