4-3 これから先の話をしよう
3
展望台に到達すると、
(え……?)
僕は
正面には女性の背中があった。展望台の端で遠くを眺めている。赤いタイトなドレスに身を包んだスレンダーな女性。見る者全てを魅了する曲線美に今は
「……レナさん」
僕の声に反応し、眼前の女性は振り返った。ヒールの音が夜風に溶けてゆく。唇のグロスが今だけは涙の
「また横取りしちゃったかしら?」
レナは生きていた。外見に異常はない。けれど、彼女が
「……いえ、僕はレナさんに会いに来たんです」
「あら、嬉しいわね。素直さに磨きがかかったようね、感心感心」
レナが
「……いい顔してるわ。あと一億年もあればアタシに釣り合う星になるわね」
「一億年なんて、あっという間ですよ」
「あら、言うじゃない」
レナは口許に手を当てて笑った。以前、彼女に放たれた言葉はどれもが納得のできるものだった。自分を
相手は鏡だ。言葉だろうと態度だろうと返ってくる。レナが自信のない相手と喋りたがらないのは、自分もその影響を受けてしまうことを
けれど、今は過去だ。彼女は既に恒星ではない。僕たちがここまで来た意図を察知しているのだろう。レナは
「……疲れちゃった。毎日毎日取り巻きたちと気の進まないお喋りをして、何時間も何日も拘束されて、自由行動なんて許されない。本当はもっといろんな星のもとへ行きたかったのに……そんな不満が溜まったせいかしら、胸の内側で何か
レナが両手を広げ、肩を
僕の疑問を読み取ったようにレナは困ったように眉尻を下げる。
「アナタと喋っていると気が楽だったから真似したみたの。でも、アタシには合わなかったみたい。聞き役って大変なのね。一方的に喋り続けてるほうがずっと楽」
僕はハッとする。相手は鏡だ。それはレナにとっても同じこと。彼女は僕の影響を受け、悪い方向に転がってしまった。後ろ暗い思いに駆られ、僕は足元へと視線を下ろす。
「馬鹿ね、落ち込まないでよ。アタシまで落ち込んじゃうじゃない」
ヒールの音がカツカツと響く。僕の眼前でその音は止み、視界には彼女の足が映り込んだ。
「……これから、どうなるんですか?」
「消えるのよ」
僕は
「……どうして、見ず知らずの星のことを悪く言えるんですか? さっきまで称賛していたような星々まで、レナさんを非難して……」
この場所へ来る道中、アルテミスに手を引かれる中で聞いた罵声が脳裏に
『ふざけんな!』
『これからどうすんだよ!』
『星殺し!』
『オマエのせいで生物が死に絶える!』
言い返せば良かったと後悔した。彼女が生まれたからこそ誕生した命ならば、彼女が死すれば失われるのも当然の話だ。自然の摂理であり、不条理なことは何もない。八つ当たりなのだ。恩知らずなのだ。身勝手なのだ。彼女を都合の良い道具としか見ていないのだ。群れることしかできない卑怯者でしかない。
いや、卑怯者は僕だ。後悔していると言うけれど、今再びあの群衆の中に飛び込んだところで、きっと僕は彼らを否定することができない。
いや違う。僕はまだ子供なのだ。相手にやり返すことしか考えていない。気に入らない相手を不幸にさせることしか考えていない。アルテミスと同じだ。平和を
けれど、考えなんてものはいとも
僕はレナを傷付け続ける連中を
無理だ。僕には
僕は考え続けると決めた。バルドへと誓ったのだ。僕の“在り方”はこんなものではない。僕はまだ“在り方”を見つける旅路の途中なのだ。
今ここで僕がすべきことは復讐ではない。救済だ。
「……これからの先の、話をしませんか?」
「これから?」
レナは目を
「爆発を起こしても、レナさんはまだここにいます。まだ、生きています。だから、これからどうやって生きてゆくか、話したいんです」
「ふふ、頭が悪いのね。アタシは星の精……魂だから、当然すぐには消えないわ。でもね、アタシの本体――身体は大部分が吹き飛んでいるの。残っているものは目にも見えないブラックホール……そんなの、生きているって言わないじゃない」
「レナさんはそう思うかもしれません。けれど……僕は、レナさんはまだ生きていると思っています。この考えは反射しませんか?」
僕がレナの鏡なら、前向きなこの考えも受け入れられるだろうか。彼女の中で、僕が既にひび割れていなければ、僕の顔が見えているのであれば、この気持ちも伝わるはずだ。
レナは口の
「……いやね、見ないうちにすっかりジェントルマンじゃない」
「ジェントルスターですよ」
「そんな言葉ないわ」
冷たくない?
ぴしゃりと否定され、僕は
「いいわ、これから先の話をしましょう。まだ時間はあるもの。アナタと過ごす最期というのも悪くないわね」
「やめてください。縁起でもない」
「ふふ、可愛いのね」
レナが僕の横を通り過ぎる。僕もその背中に追従する。
「門から出て行ったら、みんなに取り囲まれるんじゃ……」
「大丈夫よ。抜け道を知っているから」
アルテミスのような
「違うわ」
「庭園の一角に敷地外へ通じる隠し通路があるの。アタシしか知らない秘密の通路だから、誰にも見つからないわ」
「何でそんなものが……?」
「アタシが掘ったの」
マジですか。
アルテミス以上に
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