5-3 命を知るほど

 3


 丘陵地帯きゅうりょうちたいと水晶地帯との狭間に一本だけたたずむ巨大な水晶樹すいしょうじゅ、そこにトーチャーはいた。彼と初めて出会った場所もここだった。お気に入りの場所なのだろうか。樹木のように伸びた水晶の枝の上、煌々こうこうと色鮮やかに輝く光の葉に紛れ、手枕てまくらで寝そべっている。


「トーチャーさん」


 僕が呼びかけると、目を開いたトーチャーはこちらを見下ろした。先ほどの場で僕のことを認識していたのだろう。ここへ来た理由を察知した様子で僕を手招きする。いや、手招かれても登れないけれど。

 僕がぐずぐずしていると、トーチャーは枝から飛び降りた。眼前に立たれると、グレンとは違う意味で圧倒された。あちらは身長が高く壁のようだったけれど、こちらは身体が厚く、トラックを目の前にした時のような迫力がある。


「あの――」


 僕が口を開くなり、トーチャーは僕の身体を抱え、軽々と水晶樹の上へと跳躍した。僕を枝へと降ろし、その隣で再び寝転ぶ。何故なぜ


「……この場所、好きなんですか?」

「ええ」


 会話が終了した。トーチャーの無言には『そんなことを話しに来たわけではないのでしょう?』という圧力が込められているように感じられた。

 僕は意を決し、単刀直入に問う。


「……グレンさんとの衝突は避けられないんですか?」

「無理でしょう」


 トーチャーは即答した。両手を枕にして、目をつむっている。


「回避する手段がありません。それにグレンさんは衝突を望んでいます」

「グレンさんが?」


 僕は眉をひそめる。


「以前よりグレンさんは何かと難癖なんくせをつけてきました。ジブンは気にしていませんでしたが、グレンさんはそれが余計に気に食わなかったようです。徐々にエスカレートして、先ほど衝突の兆しへと変貌しました」

「グレンさんが意図的に衝突を起こしている、ということですか?」

「いいえ、衝突自体はジブンが生まれた時から宿命づけられています」


 恒星の一生は生まれた時点での重さでほとんど決まると言われているけれど、惑星にもそういった規定があるのだろうか。

 僕の考えを読み取った様子でトーチャーは言う。


「ジブンはグレンさんと同じ銀河系に生まれています。狭い銀河ですから、公転周期や軌道のズレが衝突につながると知っていました。無論、グレンさんも知っているでしょう」


 トーチャーは目を開く。視界には水晶樹の光しか映っていないはずだけれど、まるで遠い昔を懐古するように目を細めている。


「ジブンはグレンさんを嫌っているわけではありません。憎んでもいません。ですが、きっとグレンさんはジブンを憎んでいることでしょう」


 それはグレンの剣幕を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだった。グレンは口調こそ悪いものの、僕に対し悪意を向けたことはなかった。けれど、トーチャーには明確な悪意、憎悪というものをき出しにしている。だからこそ、僕は彼がグレンであることを即座に見抜けなかったのだろう。


「それは、トーチャーさんが生まれたからですか? 衝突して、滅びてしまうとわかってしまったから……」


 徐々に消え入るような声になってしまったことに、自分自身情けなく思った。星は寛大だ。不謹慎であるとトーチャーが指摘するはずがないけれど、僕は人間に対するものと変わらない態度で彼に応じていた。相手が寛大だから無礼になっていいとは思えなかったからだ。親しき中にも礼儀あり。誰が相手でも礼は尽くすべきなのだ。

 トーチャーは無表情のまま淡々と言う。


「それもあるでしょうが、原因はもっと別にあります。ジブンはグレンさんの後に生まれましたが、ほとんど同じタイミングでした。ですが、ジブンはとても恵まれた環境にいました。恒星から程良い距離で公転していたため生命が誕生し、知的生命体にも恵まれました。ですが、グレンさんの星では生命体が誕生しませんでした」

「環境が悪かったから、ですか?」


 トーチャーは無言だった。それが答えだと思った。

 人間の真似事か、とグレンは事あるごとにアルテミスへと文句を口にしていた。何気ない言葉だけれど、彼の背景を知ると途端に胸が締め付けられた。彼がアルテミスへ向けていた感情の中には、微々たるひがみが含まれていたのかもしれない。


「グレンさんは生命体をさげすんでいます。ですが、それは羨望せんぼうの裏返しなんです。本当はずっと、新たな生命の誕生を心待ちにしているんです。だからこそ、恵まれたジブンをひがみ、生命の誕生前に終焉をもたらすジブンに対し、いきどおりを感じているんでしょう」

「けれど、それはトーチャーさんも同じ……ですよね? 衝突すれば、その……」


 トーチャーは言いよどんだ僕の言葉を引き継いだ。


「ええ、生命体は瀕死ひんしとなるでしょう。少なくとも知的生命体は絶滅するはずです」


 僕は肝が冷えた。星の衝突。それは人間を絶滅させるのに十分過ぎる脅威なのだ。


「どれだけ足掻あがいたところで、星の意志だけでは衝突を避けられません。グレンさんもそれがわかっているからこそ、ああしてジブンの前に立ちはだかったのでしょう」


 どういう意味かと考えあぐねていると、トーチャーは静かに言った。


「星の命運をジブンにゆだねているんです。グレンさんと共に砕け散るか、それとも――知的生命体の可能性に賭けて、グレンさんを打ち砕くか」


 グレンは自らトーチャーに手を出すことができない。彼が命を宿さぬ星であり、衝突の運命しか抱いていないからだ。けれど、トーチャーには他の策がとれる。知的生命体を頼ることで、自分からグレンへと攻撃を仕掛けることができる。


「トーチャーさんは……どうされるんですか?」

「どうもしません」


 トーチャーは再び目をつむった。


「子供たちに委ねます」


 それは誠実な言葉のようでありながら、卑怯な逃げ口上のようにも思えた。

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