5-4 私刑の境界
4
「グレンさん?」
グレンと思しき人影が天の川の如く
「んー?」
彼は振り返り、僕を認識するなり
グレンが僕を手招きする。川の中ならば、僕にも踏み入ることができる。
「ほら」
「うわッ!」
あれこれ思い悩んでいるうちにグレンが歩み寄ってきていた。手を引かれ、僕は不格好に水の中へと足を踏み入れた。
拍子抜けすると同時に僕はバランスを崩した。どうやら僕を引っ張るグレンと歩幅が合わなかったようだ。顔面から水面に倒れ込む。
「だせェ」
グレンは
「壁だ……」
「んー?」
「あ、や、優しい壁ですね」
「はいどうも」
どうやら賛辞と捉えられたようだ。決して
グレンの支えから立ち上がり、僕は辺りを見回した。他の星々の姿は散見されるけれど、アルテミスの姿が見えない。
当然のように僕の意図を察知した様子でグレンが言う。
「んー? アイツなら滅ぼした」
「滅ぼした……?」
「んー? ああ、間違えた。別れた」
全然違くない?
人間とは間違え方のスケールが違った。
不意にグレンがポケットに両手を突っ込み、身体を屈ませ僕の顔を
僕が待ち構えていると、グレンは口を開いた。
「んー? 何?」
何、って何?
互いに疑問符を抱くことになった。
どうやらグレンは僕がこの場所に来た意図までも察知していたようだ。調子を狂わされることになったけれど、それもいつものことなので僕は呼吸を整えて言う。
「……トーチャーさん――」
「帰れ」
門前払いだった。いや、門は通してもらったから玄関払いだった。いずれにしろ酷い。
「あの……」
「アイツとの衝突は避けられねェ」
眼鏡の奥でグレンの目が真剣味を帯びてゆく。僕は息を呑み、言葉の続きを待つ。
「魂と魂のぶつかり合いなんだよ。勝者が生き残り、敗者は散る。生まれた瞬間から定められていたことなのさ」
「けれど……勝者も、タダじゃ済みません」
星同士の衝突に勝敗など関係あるのだろうか。違いなど被害の大小だけで、共に怪我を負うことに変わりはない。その点ではどちらも衝突に負けていると言える。
「んー? ま、場合によっちゃ制裁を下されるだろうな」
「そういうことじゃ……」
ふと僕は疑問を抱く。
「制裁?」
「んー? 人間のルールでもあるだろう? 『正当防衛』と『過剰防衛』。後者と認められれば、星だろうと制裁を受ける」
誰から、と口にしようとすると、グレンは身体を伸ばし、僕から視線を逸らした。どこか遠くを眺めているようだったけれど、両眼は広大な芝生ではなく過去を
「……ヴェルを取り囲んでいた連中、
忘れるはずもない。水晶地帯にある
「はい、
「アイツら、寿命を縮められたんだ」
「寿命を……?」
グレンはばつが悪そうに頭を
「王――キウンの仕業だ」
キウン。この世界、ルナの王にして監視者を務めている。
「アイツの望んだとおりになっちまった。んあー、
アイツ、とはアルテミスのことだろう。ヴェルの嫌がらせに対する考え方の違いから、彼らは対立していた。そのせいか、グレンはアルテミスを
「ヴェルは、それを知っているんですか?」
グレンは
「王が寿命を……星の運命を、変えていいんですか?」
「さあね。それすらも『運命』だって結論付けちまうんじゃねェか? あるいは、ヴェルの運命を守るためだと理屈付けられる」
「そんなの……」
あまりにも身勝手だ。グレンも同感だったらしく、不機嫌そうに溜め息を吐き出した。
「何が星の総意だ。んなもん望んじゃいねェ」
「総意? 国民投票とかあるんですか?」
「んー? 何それ?」
グレンが眉根を寄せる。僕は「何でもないです」とすぐに前言を撤回した。慣れるとすぐにボロが出てしまう。両手で
「何でもありそうなことするなよ」
僕はグレンの背中を追いかけた。しかし、彼の歩幅に合わせようと小走りになると、不安定な足場に
「んー?」
グレンの背中に倒れ込む形になった。押しても引いてもびくともしない、まるで壁だ。背中にしがみついた僕を振り返り、グレンは淡々と言う。
「おんぶ?」
「……じゃないです」
グレンは中腰になって『乗れ』と目配せしてくれたけれど、彼の中腰はそれでも高く、とても飛び乗れそうになかった。別に乗れる高さなら背負ってもらおうとしていたわけではないけれど。楽をしたいわけではないけれど。本当に。
僕が横に並ぶと、遠慮されたと理解したのだろう、グレンは歩みを再開した。川上――かどうかもよくわからないほど緩やかな斜面だけれど――の果ては視認できず、点のように見える。周囲の星々は水遊びあるいは川涼みに夢中で、僕たちのように川上へ向かう者は皆無だった。実に人間的な光景だとつくづく思う。
「総意っつうのは
不意に話の続きに戻ったため若干理解が遅れたものの、グレンの視線を受けて僕は口を開いた。
「……みんなで決めて、キウンがそれを実行するんですか?」
「んー? ここにいる限り、オレたちの“在り方”なんつうもんは筒抜けなんだから、監視者であるキウンはそれを世界に反映させるだけだろう?」
きょとんとする僕を凝視し、グレンは不審そうに眉を
「知らねェの?」
どう答えても彼に不信感を抱かせることになると思った。これほどまでにこの世界について無知であれば、僕が星の精でないことは明白だ。僕だってグレンの立場ならそう考えるだろう。ルナの仕組みについて知らない星を見たことがないからだ。
だから僕は、考えつく中で最も安全に彼の
「HAHA、まさか! 君とたくさんお喋りしたかっただけさ!」
グレンの目が線のようになった。笑顔、というわけではなさそうだ。
僕は途端にしどろもどろになる。
「……や、え、あの」
「少し見ねェうちに社交的になったなァ」
満足そうなグレンの笑みに僕は心が痛んだ。どうか彼が詐欺に引っかかることのないよう祈るばかりだ。
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