5-5 道は何処にも

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「軌道を変えられないんですか?」

「無理だ。オレもアイツもルートを変えられねェ。そんなことをすれば他の星にぶつかっちまうし、ぶつからずとも良くねェ影響を及ぼしちまう。わずかなズレが銀河系を滅ぼしちまうのさ」


 そういうものなのか、と無知な僕は納得する。銀河系にもよるのかもしれないけれど。周期的な軌道を描くからこそ、衝突を予測できるのだろう。

 果ての見えない川上へ向かいながら、漠然とゴールの無い会話を交わす。


「けれど、互いに崩壊の危険性もあるんじゃないですか? だったら……」

「少しくれェ他の星に悪影響を及ぼしちまっても仕方ねェ、か?」


 僕の無言を肯定と受け取ったようだ。グレンは愉快そうに笑う。


「実に人間らしい考え方だな。さすが知的生命体を育んできただけある」


 僕は言葉に詰まった。グレンに他意はないのかもしれないけれど、トーチャーから彼の境遇を教えてもらった僕には、それが純粋な称賛ではなく自虐じぎゃくか皮肉のように感じられた。

 横目に感情の機微きびを読み取ったのだろう、グレンはふっと重い息を吐き、僕の背中を軽く叩いた。


「無関係の奴に当たりはしねェよ」

「……関係ある星には、当たるんですか?」


 僕の発言が予想外だったのか、グレンは目を丸くし、やがて自虐的な笑みを浮かべた。


「気に食わねェからな。身勝手だって思うか?」

「いえ……けれど、その……」

「んー? 何?」


 僕は立ち止まり、振り返るグレンに言う。


「……それこそ、人間らしい……と、思います」


 グレンは眉だけを動かした。まるで意図的に感情を抑え込んだような表情を浮かべている。


「……オマエは――」


 刹那、僕の視界に何か映り込んだ。銀色の飛来物。宇宙に漂う星々に紛れて迫り来るそれは何か抜けるような音を立て、徐々にシルエットを大きくしてゆく。幻想的な世界に似つかわしくない人工物が目に入り、僕は呼吸を忘れる。

 あれは――ミサイルだ。僕ではなくグレンを標的としている。


「グレンさんッ‼」


 言うが早いか僕は正面に立つグレンへ向かって飛び出した。先ほどまで壁だと思っていた彼は正面からの衝撃に体勢を崩し、僕と折り重なる形で背中から水面に倒れ込んだ。火事場の馬鹿力だろうか。それとも彼が油断していたのだろうか。

 先ほどまで僕たちが立っていた場所にミサイルが着弾した。映画やゲームで見るような大規模な爆発は起こらなかった。人工的に見えていても、その中身は幻想的に出来ているのだろう。腹に響く轟音ごうおんと共に、僕の背後で瞬間的に灼熱しゃくねつが踊る。

 頭上から星の雨が降る。着弾の衝撃で上空に舞い上がった川の水飛沫みずしぶきだろう。天の川の如ききらめきすらも今は恐ろしく感じられる。恐る恐る振り返ると、着弾した場所に直径二メートル程度の穴が穿うがたれ、川の水が一部蒸発していた。

 水分を帯びた服が肌にまとわりつく。けれど、僕は嫌悪感を払拭ふっしょくするよりもグレンの無事を確保することを優先した。眼下で唖然あぜんとしている彼を見下ろし、鬼気迫った表情で叫ぶ。


「逃げてくださいッ‼」


 グレンはハッとした様子で我に返り、僕の身体を両腕で抱え立ち上がった。髪型が崩れ、目にかかった前髪から水をしたたらせている。


「逃げねェよッ!」


 肩にかついだほうが楽であるはずなのに、彼はわざわざ僕を背負い直して駆け出した。危機的状況にもかかわらず、僕からの要求を律儀にも守っているのだ。僕は申し訳なさに顔をゆがめる。

 裸足はだしで青い芝を駆ける姿は無邪気そのものであるけれど、それは格好だけだ。内心はひどく焦っている。僕だけでなくグレンも同じだ。水滴に交じって汗が滲んでいる。

 グレンにはミサイルを放ってきた相手がわかっているのだろう。だからこそ、逃げないと言った。いや、その時点で僕にも相手がわかっている。実を言うと、グレンを狙っていると分かった時点で想像がついていた。

 トーチャーだ。彼がグレンを排除すべく、ミサイルを放ったに違いない。正確には、彼の『子供たち』がやったのだろう。彼を守るために。自分たちの未来のために。

 グレンはトーチャーを憎んでいる。だからこそ、平生より彼へとつっかかり、闘うことに前傾姿勢になっていた。にもかかわらず、今グレンは逃げている。『逃げない』と口にしつつ、闘いの場から離れようとしているのは僕を助けるためだろう。彼は無関係の者を巻き込みたくないのだ。

 胸の内側で何かが沸々と湧き起こるのを感じた。これは何だろう。イライラするような、ムカムカするような、得体の知れないしこり。

 ひゅう、と音が聞こえた。背後を振り返ると、またしても銀色の飛来物がこちらに迫っていた。


「グレンさんッ!」

「どっちだッ!」

「右ですッ!」

「おうよッ!」


 グレンが右側へと軌道を変えた。


「何でッ⁉」


 ミサイルは背後を向いた僕から見て右から――即ち、進行方向から見て左斜め後ろから迫っていた。それはミサイルの軌道が右斜め前方へ向かうこと、即ち僕たちの避けるべき方向が左側であることを示している。


「右に行け、ってことだろうッ⁉」

「違いますッ! 僕から見て右から来ているんですッ!」

「ん-? だったら、オレの左から来ているんだろう? 合ってるじゃねェか」


 滅茶苦茶だッ!

 もう少しで悪態が口をついて出るところだった。こらえられたのは、グレンが急ブレーキをかけ、その場で大きく跳躍したからだ。

 後方宙返り、所謂いわゆるバク宙だ。ただし、人間のバク宙と異なるところはそれが高さ数メートルにも及ぶことだ。グレンは僕を背負ったままバク宙し、迫り来るミサイルを軽やかにかわした。

 僕たちが着地した前方でミサイルがぜる。爆風から顔を逸らし、グレンは再度駆け出した。

 滅茶苦茶だ。

 浮かぶ言葉は同じでも意味は百八十度違っていた。

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