5-6 星砕きの果てに

 6


 広々とした空間に出ると、たちまち僕たちは不利になった。先ほどのミサイルは既定の軌道を辿っていたけれど、次は誘導ミサイルが飛来してくるかもしれない。障害物がなければ、恰好かっこうの的となる。

 不意に僕たちは影に飲み込まれた。まるで太陽を雲でさえぎられたように暗くなった辺り一帯に違和感を抱き、僕はグレンの背中で頭上を仰ぎ見る。

 人影があった。周囲に無機質な物体をまとっているように見える。それは「あ」と声を漏らす間もなく地上に降りてきた。降ってきた、とでも言うべき速度だった。足元に穴が穿うがたれ、グレンは背後に飛び退いた。眼前で地面が砕け散り、短い芝の下で宇宙を反射した水晶がき出しになる。

 土煙つちけむりの中から現れたのはトーチャーだった。ローブの隙間から筋肉質な身体がのぞいている。服越しに浮かび上がったそれは飾りではないようで、地上数十メートルから落下してきた彼に負傷の形跡はない。地球上の常識と比べてはならないけれど、グレンと比べても規格外の身体能力を持っていることは確かだろう。

 トーチャーの周囲には物々しい物体が浮いていた。兵器という言葉が良く似合う、平和の対極に位置する機器だった。ミサイルの発射台を思わせる細長い筒状つつじょうの装置や、対空迎撃システムを彷彿ほうふつとさせる直方体状の装置が妙に生々しく、僕は背中に嫌な汗が噴出するのを感じた。グレンに背負われていなければ足がすくんでいたことだろう。

 荒くなる僕の呼吸を落ち着かせるようにグレンがこちらを一瞥いちべつする。一瞬目が合っただけであるけれど、僕は幾分冷静さを取り戻した。


「随分なご挨拶だなァ、卑怯者」

「コミュニケーションの基本は挨拶あいさつから、と言うでしょう?」


 グレンの挑発にもトーチャーは冷静に対応する。冷徹、とでも言うべき冷ややかな眼光だった。先ほど水晶樹すいしょうじゅの上で会話した時とは受ける印象が大きく異なっている。彼は――覚悟を決めたのだろう。


「街は見えるな?」


 眼前の敵を見据みすえたまま、グレンが背中から僕を降ろす。強大な兵器の向こう側には高くそびえ立つ王城が見える。彼が言う街とは、多くの星々が行き交う水晶地帯を指しているのだろう。


「……はい」


 不安げに返事する僕に、グレンは背中越しにサムズアップを見せる。


「いつもの場所で落ち合おうぜ」

「……どこですか?」


 僕の呟きは、しかし一足踏み込んだグレンの動作音にかき消された。トーチャーの眼前にまで迫ったグレンが、低い体勢から相手のあご目掛けて掌底しょうていを放つ。

 トーチャーはグレンの攻撃を半身はんみかわし、その動きを予備動作に利用し、グレンへと回し蹴りを放った。両腕を交差し、グレンが防御態勢をとる。衝撃のあまり大きく後方に吹き飛ばされたものの、グレンは芝がえぐれるほど強く地面を踏み締め、何とか持ちこたえた。トーチャーを睨み上げる双眸そうぼうは闘いが始まったばかりであることを如実に示している。


「使えよ。可愛い可愛い我が子が造った、みにくみにくいお飾りを」

「我が子を侮辱されて平気な親がいるでしょうか」


 いや、と呟いてトーチャーが右手を広げ、グレンへと突き出す。呼応する形で筒状つつじょうの装置が先端に光をまとう。溶鉱炉を思わせる黄金色の極光きょっこうだ。


「いるはずがありません」


 その声と同時に光が弾けた。赫々かくかくたるレーザービームがグレンへ向かい一直線に照射される。素人目にも触れれば溶けてしまうと断言できる。直視すらできない。エネルギー充填じゅうてんを直視したが最後、眩しさに視界を奪われ、その隙に焼き尽くされることは明らかだった。

 僕は目が眩み、視界が薄暗い斑点はんてんで埋め尽くされた。太陽を直視してしまった経験が思い返される。あれの比にならないほど目が痛く、視界の大半が失われている。


「グレンさんッ!」


 僕は咄嗟とっさに叫んだ。その行為に意味なんてなかったけれど、僕にはそれしかできなかった。グレンの身を案じることで、僕は自身の無力さに言い訳していたのだ。どこまでもみにくく、浅はかな生命体だ。

 視界を取り戻した時、グレンは先ほどと同じ場所に立っていた。両手を身体の前に突き出し、肩で息をしている。手のひらに分厚い水晶をまとっている様子から、トーチャーの溶鉱炉ビーム(命名)をしのいだことが想像できた。アルテミスと闘った際にも、腕に小手のような水晶をまとい、彼女の長剣を受け止めていた。

 両手を下ろすと同時に水晶は光となって霧散むさんした。


「それは挑発ではなく後押しです」


 気付くとトーチャーはグレンの背後に回っていた。先ほどの照射はおとりだったようだ。振り返る間もなく、グレンはトーチャーの回し蹴りを食らった。眼鏡が弾け飛び、宙を舞う。

 背後から蹴り飛ばされ、グレンが二回、三回と短い芝の上を転がる。地に手をつき、受け身をとって体勢を立て直すものの、背後では既に直方体状の装置がグレンに照準を合わせていた。先ほどが溶鉱炉だとすれば、今度は液体窒素だ。周囲の空気を冷やし尽くし、もくもく白煙を吹き出している。

 次の瞬間、装置の先端から青白い冷却光線が照射された。瞬時にグレンは左方向へと跳躍し、攻撃をかわす。彼が立っていた場所はたちまちのうちに白い結晶と化し、わずかな空気の揺れで粉々に砕け散った。


「ジブンは我が子のために闘っているんですから」


 グレンの行動を読んでいたのだろう、先回りして跳躍していたトーチャーが彼の頭へとかかとを振り下ろす。グレンは身体を地面へと叩きつけられ、小さなうめき声を上げた。


「どんな汚名も甘受かんじゅしましょう」


 トーチャーが遠い星々の光を背に受け、グレンの頭上から落下する。その足には水晶がまとわれている。あれを受ければ、グレンは――

 僕は咄嗟とっさに身体が動いていた。グレンを守りたかった。彼を助けられると自惚うぬぼれていたわけではないけれど、何もせずに見殺しにするのは彼の死を――滅びを肯定しているように感じられたからだ。

 グレンをかばう形で僕は二人の間に割り込んだ。しかし、グレンは予想だにしない闖入者ちんにゅうしゃに驚愕と焦燥の表情を浮かべ、重い身体を起こして僕の襟首えりくびを掴み、身体ごと軽々と投げ飛ばした。

 地面を転がる最中、僕が目撃したものは右腕を叩き折られるグレンの姿だった。


「ッ……!」


 僕は息が止まった。決して痛々しい光景ではなかった。大車輪の要領で身体を回転させ、勢いをつけたトーチャーのかかと落としが直撃した瞬間、グレンの肩から先が水晶となって砕け散ったのだ。そして、その欠片は光の粒となってすぐさま空気中へと霧散していった。

 グレンは苦悶の表情を浮かべつつも、攻撃後に大きな隙を残したトーチャーへと残された左手を振りかぶった。トーチャーの顔面へと打ち付けられるその瞬間、彼の左腕は溶鉱炉ビームの餌食えじきとなり、またたく間に消失した。溶けたのではなく、まばゆいばかりの溶鉱炉に飲み込まれ、文字通り失われたのだ。痛々しさの欠片もない。だからこそ、僕には目の前の光景がすぐには受け入れられなかった。


「何、これ……」


 呆然とする僕の目の前で、トーチャーは立膝たてひざをついたグレンを見下ろした。彼のふところから短い刃物を抜き取り、刃先を顔面へと突きつける。


「さようなら――兄弟」

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